2013年5月31日金曜日

水虫 これも持病のうち?


2日前のNHKためしてガッテン!で水虫のことをやった。
それを見ていて気が付いた。自分の足にも水虫がまた出た!
左足の薬指と小指の間だ。
水虫が真っ先に現れるところはいつもここだ。
いつも指がくっついているから蒸れやすいのだろう。

生まれて初めて水虫の治療を受けたのは入社して2年目の昭和37年頃のこと。
あまりの痛さに耐えかねて目黒駅前交番に駆け込み、近くの医者を訊き出してタクシーで駆けつけたことを覚えている。水虫の患部が化膿していたので、切開して、消毒して貰った。
部位は左足の薬指と小指の間だった。

それ以降、水虫は出たり消えたりの繰り返し。
売薬の塗り薬だけでなんとか騙しだまし抑えて来た訳だが、
そのうちに爪の中まで入り込んで来た。
こうなってはもう塗り薬では手に負えない。
そして、ついに爪10本全部が水虫に制覇されてしまった。
ここまで何年かったか?定かな記憶はない。

引退が迫って来た平成12年(2000年)、ここで初めて根治させようと意を決した。
職業病とも思える負の遺産を引退後にまで引き継ぎたくない、という気持ちであった。
それから、週1回の飲み薬と毎日の塗り薬を続けた。
そして、やっとすべての足の爪が正常に戻ったのが引退の2年後であった。完治である。

それ以来、水虫も収まっていたのだが、また最近出だすようになった。
2年前に皮膚科で薬を貰って来たことがある。
そして今度だ。
どうやら、ボクの足癖の悪さからして、水虫からは逃れられないらしい。
出たら薬で叩くしかないようだ。

2013年5月26日日曜日

孫の運動会 校庭の芝生化

1年生になったばかりの孫からバーバに運動会の誘いが来た。
曰く、バーバといっしょに玉入れするので来てくれ!だと。
友達はみんなバーバが来るから自分もバーバに来てほしいと。
そう言われりゃ、バーバは行かざぁなるまい。
バーバは半分徹夜状態で弁当を作って駆けつけるハメになった。
当然、ジージはバーバのアッシー君となって片道150kmの東名を磐田までぶっ飛ばした。
昨日、日帰りで往復したが、孫の運動会を見るのも楽ではない。

ボク等の年代の者の感覚では、運動会は秋の行事だと思っていたのだが、
最近はこの時期に行うところが多くなったような感じがする。
考えてみると、夏の前、未だ暑くならない時期に練習するのは合理的。
それに、遊び半分の要素を取り入れて学校を楽しいところと生徒に思わせる意図があるとすれば、新学期が始まって直ぐのほうがよろしい。
そう思ったが、当たっているかどうかは知らない。

孫の学校に行って感心したことがある。
校庭はグリーンの芝生に覆われ、その周囲をクレーの200m競走用トラックが取り巻いていた。
あとで調べてみたら、磐田市の市立中小学校33校全部の校庭を芝生化するようだ。平成22年9月には18校で完了したよし。
これで野球が出来るかどうかは知らないが、サッカーを最優先するところは、
さすがはジュビロ磐田の企業城下町の学校だ!

偶然、Nさんがブログで東京杉並区のNHKグランドの芝生の荒廃する姿を嘆いているのを拝見した。
綺麗な芝生を維持するにはそれなりの組織と体制で維持管理しないとダメらしい。
こちら、磐田市のホームページが参考になるかも知れない。
http://www.city.iwata.shizuoka.jp/shibafu/
ティフトン419という芝の名前も初めて知った。
高麗とベントしか知らないボクには新鮮な名前である。

爺さん、孫に教えられ! の1日になった。

2013年5月23日木曜日

ボクの散歩スタイル


夏日が多くなって、散歩に出づらくなった。
ボクは早朝の散歩はやらない。
朝食のあと、新聞を読み、トイレを済ませたあとに散歩に出ることにしているから、
どうしても散歩に出る時間が遅くなり、その頃には外気温が上がってくる。
従って、散歩は控える、・・と言った具合になる。
これはまあ、要するに、散歩をサボる口実になりつつあるか?と思わないでもない。
以前のように、毎日1万歩という意欲は失せたのは確かである。
それでも、体調を維持するために出来るだけ散歩をしている。
日によっては夕方散歩に出ることもあるし、あるいは、午前と午後の2回に分けて散歩をすることもある。

散歩の方角を決めるために、用事を作る。
多くは、百均かスーパーでの買い物か下見。それと図書館。
図書館は別にして、散歩途中ではベンチなどに座って休むことはしない。
家を出てから家に帰るまで、原則、休憩しない。
通常、歩数は8,000~10,000歩。
買い物は在庫がなくても構わない。なければまた行けばいいだけのこと。
何しろ、こちらは暇じいさんである。

これからのシーズン、スーパーで多く見かけるようになるのは、明らかに避暑に来ている爺さんたち。その多くはベンチに座っている。
あまり格好のいいものではないなぁ~と思えるのは、自分が未だ若い証拠だろうか?
明日は我が身か?

2013年5月17日金曜日

木津(こっつ)用水

先ずは、木津用水の由来について。

慶長11年(1606年)、徳川家康は尾張を直轄地にし、わずか6歳の九男義直を初代尾張藩主とし、家臣団を送り込んで統治を始めた。藩主義直は家康の死後、尾張に入るまで駿府にいたから、藩主とは名目だけ。
家康は慶長13年(1608年)からわずか2年で、犬山から木曽川河口までの左岸50㎞にわたって堤を完成させた。これがいわゆる御囲堤(おかこいづつみ)といわれるもの。
この堤の目的は木曽の木材の大量運搬にあった。
お蔭で、名古屋城や城下町が出来、尾張の中心であった清州を町ごとそっくり移転させることが出来た。(清洲越し)
それから300年に亘り美濃側だけが水害に悩まされ続けることになった。
何故なら、「美濃の諸堤[しょてい]は、御囲堤より低きこと三尺たるべし」という史上名高き不文律が伝承されて来たというのである。
即ち、御囲堤の完成以降、洪水に見舞われるのは必ず右岸側の美濃であって、決して左岸側の尾張ではなかったのである。
一方、尾張の小河川でも木曽川の水が引けなくなったのでは多くの水田の水源を失うことになる、というので、木曽川から水を引く用水工事も行われた。
まず出来たのが現在の宮田用水の原型である。
次いで、1648年現在の木津用水が完成、更に1664年に木津用水を途中で分水して新木津用水も完成した。
お蔭で、新田開発が進んで尾張藩は豊かになったそうだ。
以上、木津用水にまつわる歴史を、濃尾用水拾余話(http://suido-ishizue.jp/nihon/11/01.html)から拾い読みした。

・・・という訳で、木津用水の歴史は古い。
御囲堤は現在もところどころに遺構が残っているようで、わが遊歩道にもある。
また、時として、愛知県民が岐阜県民から洪水の恨み事を言われることもあるから、遺構は忘れ去られても遺恨の方が長く残っていると言えるかもしれない。・・・が、これはまあ、あくまでボクの私見に過ぎない。
現在、宮田、木津の両用水の取水口は犬山城直下の犬山頭首工である。
頭首工から取水して直ぐ、宮田用水と木津用水に別れ、木津用水の方は数㎞下って写真の地点に至る。
更に数百メートル下って新木津用水へ分水する。

散歩途中で木津用水の写真を1枚撮ったばかりにいろいろ調べるハメになったが、
これもまた散歩の楽しみと言えようか?

2013年5月12日日曜日

迷惑メール ジュニア向け設定で解決


最近やたらとケータイの迷惑メールが入るようになった。
家内のケータイも同様である。
auオススメのフィルターを有効に設定していても効果がない。

何とかならないかと思案していたら、
迷惑メールのドメイン名がケータイ各社のそれではなく、パソコンのそれであることに気付いた。
じゃぁ、ケータイからのメールだけを受信するように設定すればよいのではないか!

早速、設定変更。
その効果はテキメン。
迷惑メールはピタッと止まった。

実は、この設定、ジュニアにオススメ!とある。
爺さん婆さんにADメールは不要だし、呆けてフィッシングに引っ掛からないためにも、
ジュニア向けでちょうどいい。
以前、家内は迷惑メールの多さに耐えられず、アドレスを替えたことがあったが、
この設定にしておけば、その必要もなかったのだ。

もっとも自分や家内のPCからのメールまで拒否されるのは困るから、
それは受信できるように登録した。
他にも支障のあるパソコンメールが出てくるかもしれないが、
その時はその時で追加登録すればよい。

auに問い合わせれば簡単なことだったが、
回らなくなった頭を使ったから、
少しはボケ防止の訓練になったかな?

2013年5月9日木曜日

夏支度


今日は最高気温が28℃を超え、一気に夏が来たほどの暑さになった。
岐阜の郡上では30℃を超えて真夏日になったところもあったようだ。

散歩はいつもより早めの9時スタートで、未だ朝の涼しさが残る間に済ませた。
このところ平年を下回る気温の日もあり暖房用具を仕舞おうか仕舞うまいか迷っていたが、
そんな迷いは吹っ飛んだ。
3つある石油ファンヒーターは灯油を抜いて押入れに仕舞い込んだ。
居間のカーペットをムートンから綿ものに替えた。
西南向きの掃き出し窓の日除け用に、すだれを取り付けた。今年は新調する予定だったが、間に合わないので去年までのオンボロのまま。
ついでに、未だ早いと思いながらも、ゴーヤを這わせるネットを軒先に垂らした。
冬物衣類は洗濯へまわし、衣類は冬物から夏物へ一気に入れ替えた。
これだけやったら日が暮れた。

明日は気温も平年並みに下がり、天気も下り坂らしい。
夏支度のタイミングとしてはベストであろう・・と、爺さんはひとりで得心。



2013年5月7日火曜日

GW明け 気がつけばナンジャモンジャ


GWの後半から孫二人を連れて娘が里帰りしていたが、昨夜帰っていき、
今日からジジババ二人だけの平常に戻った。
孫が来れば嬉しいし、帰れば帰ったで、面倒見から開放されてまた嬉しい。

連休中、大勢の家族連れで賑わった緑地公園には人影はなし。
遊歩道にいつもの高齢者の顔ぶれが戻って来た。
青空と新緑の景色を眺めたら、目立ったのがナンジャモンジャの花の白。
遠くから見れば雪が積もったように見える。
昨日の夏日から一転、20℃前後まで涼しくなって、爽やかな五月晴れになった。
雪の残った御嶽山もスッキリ見える。
帯広では雪が積もったニュースを昨日見た。
北海道では折角の雪見がお預けを食らったようだ。



2013年5月3日金曜日

電子レンジ加熱 容器は肉薄より肉厚が良い


先日のこと、ほぼ同量の牛乳を肉厚のガラスカップと肉薄のガラスカップに夫々入れ、
電子レンジで同時に加温したところ、
肉厚カップに入れた方の温度が高くなることに気が付いた。
疑問に思って、今度はきちんと量を測ってから同量の水を入れて加熱したところ、
結果は同じだった。
次に、陶製コーヒーカップに替えてテストしてみた。
ほぼ同じ形で容積もほぼ同じ2つのカップに夫々同量の水を入れ、
同時にチンしたところ、やはり、肉厚のカップの方の温度が高かった。

こういう現象に気がついて以来、常用のカップを肉厚のものに替えた。

この現象の理由について疑問に思い、いろいろググって見たけれど、
未だに、これはという記述に辿りつけない。

我が家の電子オーブンレンジは購入してから36年間使い続けている古つわもの。
50サイクルと60サイクルの間を転勤で行ったり来たりした。
それでも故障なし。さすがナショナル製。丈夫で長持ちには定評がある。
ターンテーブルも、多少スリップ気味だが未だ回転しているから、
加熱ムラということではないだろうと思う。

家内は新しいオーブンレンジに買い替えるチャンスを狙っているから、
きちんと説明が出来ないと、
「それご覧!もう買い替え時でしょう」と言うにきまっている。
爺さんは「どうしたものか?」と、弱った、弱った。



2013年5月1日水曜日

バッテリー交換


マイカーのバッテリーが上がったことは先に触れた。
充電すべく車を走らせ、乗らない日には毎日アイドリングし、
それなりにケアしていたのだが、
一昨日の雨降りの日にアイドリングもせずに一日中放置していたのが悪かったようで、
昨日、いざ出かけようとしたら、また上がった。

自動車保険の1回限りの無料サービスは使ってしまったし、
さぁ~て、どうしようか?
ご近所の車にチャージ応援を頼もうにも人影もなし、
ガソリンスタンドのお兄さんに訊ねたら、貸しバッテリーは無いと言われたし。
結局、オートバックスまで自転車を漕いで、バッテリーの買い出しに。

バッテリーの載せ替えを終え、
古いバッテリーを車に積んでオートバックスへ、
リサイクル処理を頼んで、作業は無事終了。

7年間で30,000kmも乗ってないのに、これでバッテリーが3個目。
前回の交換から3年経過していた。
ここで教訓
  3年経てば乗っても乗らなくてもバッテリーは交換時期
  バッテリーが上がったら保険屋の無料サービスで応急処置
  日を置かずして新しいバッテリーに交換すべし

最近のバッテリーはメインテナンス不要に出来ている。
密封型だから液漏れの心配なし。だからバッテリー液の補充も不要。
店の棚に並んでいる新品はしっかり充電してある。
ネットで見ると、随分安く買えるようだが、
そのウラにはこうしたバッテリーの改良、進化があったのだ。
かくして、爺さんのバッテリーに関する常識は非常識だと判明した。