2010年11月5日金曜日

ボケは年寄りの特権だ


ボケは今に始まったことじゃないが、季節と共にボケも深まったか!
ここのところで続けて2つのボケをやらかした。

実は、右上葉肺を切除したあとどうなるのか?って、真剣に考えたことなかった。
残った下の肺が上がってくるとは聞いていたのだが・・・。
さる29日の外来受診で先生がレントゲン写真を見せて、こうなりましたと言われても、
それが何を意味しているのか?まだ、分からず、先生に質問しちゃった。
切除のあとは空洞ですか?体液で満たされているんですか?って。
先生も、オイオイ、お前は何を言うのか!と思ったに違いないが、
写真を指さして、「こうなったんですよ。完全に上に上がって、その分腹腔が上にせりあがったんです」と言ってくれた。
自分では、こんなに早く上がってくるとは思ってもいなかったのだ。
恥ずかしかったネ!

2週間前に図書館で借りた本の1冊が近来になく面白かったので、一気に読み終えて、早々に、図書館に返した(最寄り駅の返却ボックスに)・・・と思っていた。
ところが、昨日別の本を借りたて家に帰って、何気なく手渡されたメモを見たら、
返したはずの本がまだ返してないことになっているではないか!
そんなバカな!とばかりに、わざわざ図書館に出掛けて、その旨を申し出た。
当然、本は返されてなかった。
図書館側では、そういう事なら仕方がないですね、と処理をしてくれたのだが、
こちらも、ひょっとしてボケたかも知れないので、もう一度、家で探してみると言って帰ってきた。
そうしたら、やっぱり出てきた。積み上げた本の下の方にあったのだ。
図書館に直ぐ電話してお詫びし、そのあと届けに走った。
何とバツの悪かったことか!
我が事ながら、お前はアホか!

でもいいよね、この歳になると、ボケで済ませられるから。
年寄りの特権だ!

写真は久しぶりの木曽川風景。カンムリカイツブリが先陣で到着、寒ハエ釣りも始まった。

2010年11月2日火曜日

週刊東洋経済 がん完全解明 を読む

10月30日号の週刊東洋経済は「がん完全解明」と銘打った特集記事を満載している。
まだ店頭に残っていたら保存版として確保しておくのがいいかも知れない。
大学のクラスメートのUさんがこの雑誌のことを教えてくれた。
もちろん早速読んだ。
「完全解明」は謳い文句だからそのまま鵜呑みに出来ないが、いろんな角度からがん治療を論じているので、少しでもがんに関心のある者ならば参考になるところが多いはずだ。

ボクが大いに参考になったのは保険のこと。
何10年に亘ってがん保険を掛けてきたから、今回保険金が下りても掛金の何分の1にしかならないが、それでも助かる。
今回のボクの場合は、入院の個室料は完全に保険でまかなえる計算だし、手術を含めた治療費も診断給付金で充分お釣りがくるはずである。
だがしかし、ステージⅠで済んだからそうなるのであって、もしこれが抗癌剤を飲む羽目になったら、薬代だけでも大変な出費になるそうだ。
だから、人によっては一つのがん保険だけでなく2つも3つも掛けているという。
がん治療費を抑えるためにも、早くがんを見つけることが如何に大切かよく分かる。

今回受け取る保険金は、65歳以上になって半額に減らされたから、大した額ではない。
再発に備えて残しておくと言うにも、憚られるくらいの額である。
この際、持ち出しにならなかっただけでよしとしよう。

2010年11月1日月曜日

肺がん手術 思い出すままに


肺がん手術とそれに伴う入院のため不在したのでブログに空きが続きました。
入院が10/5、翌日手術、術後13日目の10/19に退院。
自宅療養10日後の10/29に外来受診して良好な経過を確認、
現在リハビリ中です。
ご心配や、励ましを頂きた方々に心から感謝申し上げます。
爺さんの暇つぶしもとんだところで暇つぶしをしたもんだ。
・・・ということで、従来どおり記述は日記風に書きます。
取り敢えず、思い出すままに・・

7月30日にはじめて発覚した肺がんはまるまる3ヶ月かって、
ステージⅢAの疑いが晴れて、ⅠAということで決着した。
この間にストレスは上がったり下がったり。
新しい情報が不安材料であれば上がり、安心材料であれば下がる。
主治医の一言でも、安心出来るものもあれば、不安になるものもある。
今回の経験で、何が大変だったかといえば、
手術のあとの身体的な痛みや辛さではなく、
圧倒的にこうした精神的なストレスだったといえる。

ボクよりも進行したがんの人は、もっと多くの不安を抱えて、それに耐えていかなければならないと思うと、
ボクは何とラッキーだったことか!
 
今回のがん騒動はいろいろな幸運に恵まれた。
気にはなっていたもの数年間、受けていなかった肺がん健診の案内を、
町内無線放送で聞いて教えてくれたのが家内。
このタイミングで健診を受けたのが第1の幸運。
この前では見つからず、この後では手遅れだったということも有りえる訳だ。

次は、健診のレントゲンフィルムを読み取ってくれた先生がその道の権威の先生だったこと。
ここで見つけてもらえなかったらと、今思うとぞっとする。
さらに、この先生のいる病院を探し出して、主治医になってもらえたこと第3の幸運。
地域がん診療連携拠点病院の呼吸器内科の部長先生だった。

第4の幸運はこの先生が呼吸器外科の部長先生を執刀医に選んで下さったこと。
実は、この主治医にこそ手術をしてもらいたいと、ボクが心に決めて、この病院を選んだのだ。
県がんセンターで実績を上げ、この病院の部長になった先生だ。
手術例数は600以上と、ネット上で紹介されている。
この病院は現在、県がんセンターに次いで手術例数が多い。
15日間入院している間、土日祭日に関係なく、1日の休みもなく回診して下さった。
全く頭の下がる思いである。そのことを先生に訊いてみた。
先生曰く、「1週間に手術が7つありますからねぇ・・」と。
患者が多くて、休めない状態のようなのだ。
世に病院勤務医不足が言われているが、その一端を見たような気がする。

幸運が続いた肺癌手術、100%根治に向けて経過観察に入ったところ。
この先5年間続けられることを祈りたい。

写真は今朝の虹。

2010年8月15日日曜日

しばらく休みます

都合によりこのブログをしばらく休みます。
これまでご覧いただきありがとうございました。

2010年8月6日金曜日

猛暑のうらで


921カ所ある気象庁の観測点のうち、最高気温が35度以上の猛暑日となったのは179カ所に上り、前日に記録した今年最多を更新した。・・とはasahi.comのニュース。
山陰や北陸、北日本で軒並みの猛暑で鳥取38.4℃、青森36.6℃、北見37.1℃というから、暑さ慣れしていない北国の人達もさぞや大変だっただろう。
一方、こちらは雲が出たお蔭で34℃止まりだったし、風もあったから比較的楽だった。
涼しくなったのを見計らって、夕方近くになってから木曽川へ歩きに出かけた。
雲が多い割には湿度が少なく、伊吹山も見え、見慣れた風景も何だか新鮮に感じた。
猛暑のうらで秋が近づいたと感じたのは気のせいか?

2010年8月5日木曜日

秋波(しゅうは)


最近、新聞を読んでいてときどき見かけるこの言葉、菅総理の姿勢を評してよく使われている。
山本周五郎の古い中短編集を読んでいたら、秋波にわざわざルビが振ってあって「ナガシメ」とある。
語源を調べていくと暗送秋波という言葉に出会った。
ひそかに流し目を送って、相手に媚びること、とある。
なぜ秋なのか?については、秋という字には「さびしい」というのと、紅葉などの「はなやか」というのと2つの感じかたがあって、秋波の場合は後者だという説を目にした。
本来、秋波は美人の涼しい目もとを指すようだから、なるほどと納得した次第。

それが転じて現在では余りいい意味には使われなくなった。
死語に近い言葉だったのが衆参議院のねじれに伴って蘇ったようだ。

暑さが続くなか、あと2日で立秋。
「ハスキーなお福」もそろそろ揃い咲くだろうか?
まずは、おの字の女郎花が真っ盛り。

2010年8月1日日曜日

愛知県議会丹羽郡選出議員補欠選挙


今日は表題の投票日。
先の参議院選挙で、愛知県地方区で当選した前県会議員はわが町の出身。隣町との2町からなる丹羽郡からの選出県会議員だった。
その補欠選挙である。

民主党候補は30歳の学習塾経営者。若いしタフだから、頻繁に回ってきていた。
外出中に出くわして手を握られた家内は、「なかなかのイケメン」と評した。
片や自民党候補は、50歳代で、隣町の町議会副議長を務めた飲食店経営者。どんな人物かよく知らない。

元々、丹羽郡は保守地盤である。
ところが、先の、衆議院選挙では投票数で民主党が自民党を上回った。
しかし、参議院選挙ではそれがまた逆転した。
今日も猛暑日であり、無関心派の投票が少ないと予想されるから、自民党候補の圧勝になるだろうか。

とにかくも、昨日までの街宣車の騒音から開放されてほっとしている。
写真は木曽川緑地公園のアメリカフヨウ。今が見頃。涼しげに撮れた1枚。

追記 選挙の結果は、自民の勝利。38%の低投票率も予想通り。
意外なのは民主の票がかなり伸びたこと。
隣同士の町民でありながら、候補者に対する同郷意識が働いたか?あるいは、両町合併話が出たときに金持ちの町が貧乏な町との合併を嫌ったことがあり、嫌われた側の町民のわだかまりがこんなところにも出たか?・・・など、これはボクの深読み。