2021年11月27日土曜日

寒い日が続く

キンモクセイの剪定を終えた。
剪定の時期については、花の終わった今の時期とする説と2月頃とする説があるが、
我が家のキンモクセイは、結果的に、どちらの時期でも花つきに差がなかったと思っている。
自分の体力を考え、来年のためにできるだけ小さく仕立てて置きたいから、
思いっきりの強剪定にした。
ゴミとなったきり枝をまとめて、昨日、町役場が指定する木曽川河川敷の廃棄場に運んだ。

廃棄場は伊吹おろしがお待ちかねだった。
今週は例年になく早い寒波の襲来で、
11月23日には伊吹山に初冠雪があったという。
伊吹おろしも一段と寒く感じる。

そんな時に弥富の中学生殺人事件。
寒いニュースに、テレビにくぎ付け。

CテレビとC新聞は包丁で刺した3年生を「別のクラスの同級生」と、
テロップや記事に書いた。今もそれを変えていない。
そればかりか「別のクラスの」の文字がなくなって、ただ「同級生」とだけ書いている。
これでは正しい情報にはなり得ない。
一方、NHKテレビは「同学年の生徒」とて誤解のないように表現しているのは
さすがだと思う。

同級生=クラスメイトというのが本来の使い方だから、
別のクラスなら同級生とは言わないのではないかな?
CテレビC新聞は「同級生=同学年生」とし、
「同級生≠クラスメイト」だと言っていることになる。
本来の言葉の使い方を崩して来ている犯人は、案外、マスコミ自身かも知れない。
チック機能が働かないなんて、少々、お寒い話ではないか。




2021年11月20日土曜日

2021.11.19の月蝕

昨夜の月蝕は薄雲がかかることはあったがほぼ良く観えた。
写真を撮ったが、露出が難しく、やっぱり失敗作ばかり。
その中からかろうじて観られるものを2枚、証拠写真として載せておこう。
Max.5倍のレンズのカメラだからこれ以上の写真は無理というもの。
月蝕のピーク時間の18:03は電柱の影に隠れた。カメラの位置取りも失敗だった。
その後、カメラはそのままにして、人間だけが位置を移し、双眼鏡で覗いた。

2021年11月16日火曜日

親友の訃報

一昨日、高校時代の同級生H君の訃報が届いた。
堪えられないほどの寂寥感に襲われた。

奥方の話によれば、
死亡の前日、自ら食べたいと言って寿司屋へ出向いて昼食を食べ、
家に帰ってからしばらくして不調を訴え、
救急車を呼べというので救急車を呼んだ。
コロナの折から、病院での付き添いを断られたので自宅に戻ったが、
その時まで会話が出来ていた。
それなのに、日付が替わった午前2時に病院から電話で悲報を知らされた。
葬式は要らないと生前に言われていたが、
そんな訳にも行かないので家族葬を執り行ったよし。

本人は勿論のこと家族や事情を知る周りの人たちは、
この時の来ることを覚悟していながらも、
もっと長く生きてほしいと願っていたはずである。
心臓弁膜症のために人工弁を入れていたが、
10年過ぎたところでもう1回入れ替えたらどうかと医者に勧められたものの、
それを断って14年生き続けた。
覚悟の死と言えなくもない。
自分なりのライフスタイルを持ち、頑固で意志の強い彼にピンコロはふさわしい。

訃報を聞き、アルバムを広げてしばし追想に耽った。
1987年 八幡平 田沢湖
1988年 三陸海岸 十和田湖 八甲田
1989年 秋保温泉 平泉 須川温泉
2000年 美ヶ原 霧ヶ峰
2001年 上高地
2001年 立山黒部
2002年 新穂高 飛騨古川
2003年 乗鞍高原 安曇野
2004年 妙高 戸隠 小布施
2005年 万座 草津 別所
2007年 野沢温泉 飯山
2008年 平湯 上高地
気の置けない旅仲間は2002年から1人増えて4人になったが、
それまでは3人だけの1~2泊の旅だった。
思い出を一杯残してくれた親友の冥福を祈ろう。(合掌)

2021年11月12日金曜日

快便


今朝の排便で少量の浣腸にお世話になったことで、
昨日まで12日間続いた快便の記録が途絶えた。

浣腸を使うのはボクの常套手段であり、1回の注入量は数ミリリットルである。
数年前に便秘気味になったとき、かかりつけ医でマグミット(330mg)
を処方され、それ以来ずっと飲み続けているから、便は硬くなく柔らかくもない、
ごく普通の便である。それにも拘らず便意を催して力めども、
便が肛門に下がる気配がないことがしばしば起きる。
こんな時、数ミリリットルの浣腸液を注入するのだが、
そうすればたちまちお腹がグルっときて、簡単に排便できるのである。
こうした浣腸頼りの排便は、おそらく習慣づいて、体に良くないと思う。
できることなら止めたいのだが・・・・。

そんな状況の中で快便が12日間も続いたのだからこれは快記録である。
便意はいつもほぼ定刻にやってきて、便器に座れば排泄はほぼスムース。
便は水に浮かばない。これが浮かぶようなら満点なのだが、
なかなかそこまでは行かないから、満足度は、
総じて、70~80点というところか?

快便が始まって屁のニオイも変わった。
屁は時を問わずよく出るのは以前と同じ。
ニオイは明らかに軽くなった。
以前は家内のいる室内ではスカシッ屁を遠慮していたが、
今はスカシッ屁で問題ない。

そうした生理的変化の原因は腸内細菌叢の変化にあるのだろう。
そのきっかけになったのは指定医薬部外品のB錠。
有効成分には3種類の乳酸菌が配合されていて、
フェーカリス菌と耐酸性アシドフィルス菌は小腸に定着、
ビフィダス菌は大腸に定着すると謳っている。
真面目に飲みだしたのは2~3週間前からだから時系列的に合致する。

その他には、気候がよくなって体をよく動かすようになったことや、
果物のシーズンになってミカン、柿、リンゴをよく食べるるようになったこと
なども好影響を与えたのかも知れない。

今日で快便記録は途絶えたが、屁のニオイはまだ良好。
快調&快便の期待はまだ続く。

2021年11月5日金曜日

熟(う)んだら柿

このところ柿泥棒に柿が盗まれたというニュースが続いた。
誠に腹立たしいことである。
一方で、たったの2個で70万円という柿が、
名古屋の老舗デパートの果物屋の店頭に飾られたとか。
こちらは庶民に縁のない馬鹿馬鹿しい話である。

柿といえば何と言ってもボクには熟んだら柿だ。
標準語では熟し柿という。
そろそろ熟んだら柿が食べられそうだと、
数日前に、近くの八百屋に久しぶりに出掛けて、覗いた。

有った!
ひと盛り100円で、5盛り並んでいた。
その中から一番良さそうなのを選んだ。
7個入っていた。
大きいのはこぶしより大きい。
富有柿だから甘さは保証付きのようなもの。

家内と二人でおやつ代わりに食べたら3日で無くなった。
急いで買い足しに走ったら、まだ残っていた。
写真は買い足した7つの柿。
八百屋のじいさんが言った。
「食べちゃいかんと医者から言われたひともいるでねぇ。
それほど甘いから糖尿病のひとには売れんのだわ」
こちらには幸いその心配はない。
子供の頃食べた味と同じである。
食べている間は童心に戻れる。




2021年11月3日水曜日

金木犀満開

庭にある2本の金木犀がやっと満開になった。
東京より1ヶ月くらい遅いか?

金木犀は気温に敏感で暖かい地方は遅くなると言われているが、
東京とこちらで、そんなに気温差があるのだろうか?

我が家の金木犀は2度咲く。
前触れは3週間ほど前に、チラッと咲いて、
ほんの少しだけ鼻をくすぐった。
2度目の今度は、お隣さんから「咲きましたね」と言われるくらい、
辺りに芳香を放った。

我が家の金木犀はいつのころからか2度咲くようになった。
地球温暖化の影響だという説もある。
金木犀の芳香に包まれながら、菜園に、お隣さんから貰った摘み菜の苗を7本植えた。
来年の収穫期になると、これだけで、これでもかこれでもかというほど、
摘み菜に攻められるだろう。

2021年10月29日金曜日

転院


昨日、名古屋市内のN病院から隣市のK病院の呼吸器内科に転院した。
11年前、町民がん検診で胸部X線検診で疑わしい陰影が見つかり、
精密検査のCT検査を受けたのがこの病院である。
その時の担当医が今いる4人の部長先生のうちの1人として残っている。
この先生には冷たい言葉であしらわれて嫌な思いがあるから、
担当医に当たらないようにしなければならない。
そういう訳で、その先生が外来診察に出ていない日を選んだ。
昨日の外来担当医は代表部長先生と非常勤医師の二人。
非常勤医師は名前からして中国人であるらしい。

外来受付で紹介状とCDを差し出しながら、担当医の指名はできないかと訊いてみたら、
ダメだとあっさり言われた。
紹介状の宛名に名前が書いてないものは新患として扱い、非常勤医師が担当になるという。
代表部長先生に当たってほしいと思うボクの目論見は見事に外れた。
病院のHPに呼吸器内科の医師は代表部長1人、部長3人、医長1人、医員1人、顧問1人、非常勤医師の順に記載されている、そのリストの最後に載っている先生だ。
ちょっとガッカリ、というのが率直な思いである。
新患を若手の先生に回すのはどこの病院でも同じなのかも知れない。

診察に呼び込まれて診察室に入り、
「はじめまして、どうかよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。
パソコン画面を眺めていた先生が首を回して、チラッとこちらを見て「こんにちは」と返事をし、すぐ顔をパソコンに向けた。
言葉には少したどたどしさがある。
この先生も「患者を診ずして病気を診る」タイプらしい。
患者と目線を合わせずにほとんどパソコン画面を見ながら喋っていた。
それでも聴診器を胸に当て、パルスオキシメーターを指に装脱着するときは正面を向いてくれた。
紹介状に添付されたCDのデータは膨大だったはずだが、短時間で治療経過を把握してもらえたようで、在宅酸素の件で受診したことも正しく伝わっていた。

診察ではパルスオキシメーター値が93%と出た。
これでは在宅酸素の申請はできない。結局、経過観察することになった。
念の為に訊ねたら、90%以下が在宅酸素申請の条件だそうだ。
N病院で測定したときはたまたま90%前後だったからこういう話になったのだが、自宅で測ると96%の時もあれば90%を切る時もあるから、
内心では申請は無理だろうと思っていた。判定結果には納得である。
但し、息苦しさには変わりがないので、今後どうなるか?様子見ということになった。
次回は2ヶ月後。単純胸部X線と血液検査あり。
内容的には何ら新しいことではないが、いざというときの拠り所が自宅近くにできたという意味で、ホッとした気分になった。