2011年3月16日水曜日

本当に大丈夫か?


大震災6日目を迎え、被災の現地では寒波が襲い、
暖房の灯油不足をはじめ、救援の遅れが盛んに訴えられている。
福島第1原発はますます危険が高まっている。
そんな情況を映し出すテレビを、ストーブで温まった部屋で観ているのは申し訳ない気がする。

昨夜は富士宮市の深さ10キロ㍍を震源とするM6.0の地震が発生した。
今日も、銚子犬吠岬の近くを震源にする地震が発生した。
なんだかだんだん震源地が近付いているような気がする。
気象庁は今回の巨大地震が東海・東南海・南海地震を誘発するおそれはないと言っているが、
信じていいものかどうか?

庶民はそこら辺りに敏感である。
こちらのスーパーでも飲料水を始めとする食料・飲料の棚はとっくに空っぽだった。

今日は午後2時12分ころ、天にわかにかき曇り、一塵の突風と共に5㍉位の大粒のあられが降った。
何だか天変地異を象徴するようで、不安をかきたてた。

2011年3月15日火曜日

O君が心配だ

Nさんからの情報により 仙台港近くの工場に勤めるO君の所在が気になっていたところ、
Google が災害地の衛星写真を提供していることを見つけた。

http://maps.google.com/maps?f=q&source=s_q&hl=en&geocode=&q=http:%2F%2Fmw1.google.com%2Fcrisisresponse%2F2011%2Fjapan_earthquake_2011%2Fearthquake%2Fgeoeye%2FSouthSendai_Ikonos_2011-03-12%2FSouthSendai_Ikonos_2011-03-12.kml&aq=&sll=36.204824,138.252924&sspn=45.226618,107.138672&ie=UTF8&ll=38.237798,141.008459&spn=0.174202,0.41851&t=f&z=12&ecpose=38.23779817,141.00845903,34171.75,0.023,0,0

上記は仙台塩竈港付近の映像。
O君の勤める会社の建屋が残っているのを雲の切れ間に確認できた。
所在地は仙台市宮城野区港1-1-9
キリンビールの工場とは1区画挟んだ東隣。
近くの住宅もかなり残っているように見えるから、
O君は命拾いしたのではないかと思いたい。

2011年3月14日月曜日

東北関東(東日本)大震災


前のブログを書いているときに地震は起きた。
時は2011年3月11日14時46分、テレビは参議院予算委員会を中継中、
突如、緊急地震速報が発令されたことをアナウンサーが告げ、三陸沖で地震が発生し、津波襲来に備えて避難するように繰り返しアナウンスを続けた。
そうこうするうち、こちらにも振幅の長い大きな横揺れが来た。
阪神淡路地震の時に感じた揺れの大きさよりも明らかに大きかった。
距離と揺れの大きさから、巨大地震を直感した。
テレビはリアルタイムで三陸沿岸に津波が来襲する様子を流し続けた。
正直、これが現実に起きている事象であると感じるまでには時間を要した。

それから今日まで、自分はこの巨大な災害の有様を表現する術を持ち合わせなかった。
今朝になってやっとこの巨大災害を表す数字が出た。
新聞の大見出しは「安否不明 数万人」と記してある。
宮城県だけでも1万人の行方不明者がいると昨日は報道されたから、
5万人というのは納得出来る。

マグニチュード9.0は、記録の残っている869年(平安時代)の貞観地震がM8.3と推定されるとかで、それよりも大きいのだから、もうこれは日本の有史以来の巨大地震といえるのではないのか?

さしあたって、東海・東南海・南海地震が連動して起きないかと心配される。
そうなれば、人口はこちらのほうが圧倒的に多いのだから被害はこの程度では済まないだろう。

いつの場合も人は感動する。
生きて再会出来て泣いて喜び抱き合う姿や、被災した人の無事を涙ながらに祈る人の姿を見て、もらい泣く。
漂流中を発見され救助されたと聞いて喜び、
日本の被災者の冷静な行動を見習えと中国が論調していると言われれば、日本国人としての誇りを感じる。
国民が救援と復興に理解と協力をするのは当然であろう。
そのためには先ずは国の指導者に真の指導力を発揮してもらいたい。

2011年3月11日金曜日

カワセミの姿にドキッ!


五条川コースの散歩の時は少なからずカワセミとの出会いを期待して出かける。
今日は期待が叶ったばかりか、姿をカメラで捕らえることが出来て、もう、万々歳である。

川沿いに歩きながら、今日はダメだったかと諦めかけながらコースの折り返し地点近くに差し掛かったとき、10㍍ほど先の小さな堰のコンクリート護岸の端に、なんと輝くばかりの姿をさらけ出しているではないか!
この瞬間の気持ちは、好みの美人とひょっこり出会したときのドッキリ感に似ている。
しかも、モデルになって、ボクの撮影に付き合ってくれた。


こちらはそっとカメラを向けた。
当然、相手はこちらの姿を捉えているはずなのに、すぐは逃げない。
数枚シャッターを押すだけの時間をボクに与えて、やがて、飛び去った。

2011年3月10日木曜日

タイヤ交換



夜間に雪がちらつくかも知れないという天気予報が外れて、
日中の寒さも真冬並みという程でもなかった。陽射しがあったせいだろう。
寒さも峠をこえて日曜日以降ぐっと暖かくなるというから、
それではという訳で、タイヤもスタッドレスからノーマルに履き替えた。
ガソリンがどんどん値上がりしている折でもあり、燃費を少しでもセーブしたいというケチな考えが働いたせいもある。大した金額になるわけではない。単なる、貧乏人根性というやつである。

写真はモズのメス。白内障の進行で肉眼ではモズらしいと判る程度だったが、
コンデジカメラに収まった画像をみてはじめてメスだと分かった。
オスと違って優しい顔をしている。

2011年3月9日水曜日

気がつけば啓蟄も過ぎ


気がついたら啓蟄はもう過ぎているが、
また寒さ到来して今夜は雪がちらつくかも知れないと天気予報は云う。
こう云うのを「寒の戻り」というのだろうか?

気になって調べてみると、
3~4月に使うと言い、
晩春から初夏に使うと言い、
3月までは使うと言い、
諸説あるようだ。
春になって暖かい日が続いたあとで寒い日が来ることを、
実感を込めて云う言葉であるとしても、
三寒四温や春は名のみの・・・と言う頃合いを過ぎてから使った方がいいように思う。
たしか、先日テレビの天気予報で使っていたように記憶しているが、
使うには未だ早過ぎる気がした。
尤も、この表現を使うには、北の方では未だ未だとんでもない!だろうし、
南の方ではもう過ぎた!かも知れない。

2011年3月4日金曜日

送られて来たギフトカード


地元の現役高校生がジュニアモーグルの北米選手権に出場中ということで、
お祝いの垂れ幕が校舎に掲げてあった。
雪に縁のないこんな片田舎の高校から、そんな選手が出ること自体がまことに珍しい。
素質と努力があったところに幸運が加わったのだろう。

比べることがはばかれるような事だが、昨日、こちらもラッキーなことがあった。
大手電器量販店のガシェットのダウンロードに応募したことがあったが、
抽選に当たって、3000円のギフトカードが書留で送られてきた。
応募したことさえ忘れていたくらいだから、少額といえどもこれはラッキー!

普段は感じの悪い店とて、ショウウインドウ代わりにしか使っていない量販店だったが、
少し見直さなきゃいかんかな?と・・・。
「お前は現金なやつだ!」と、内心苦笑い。