2022年6月15日水曜日

後追い日記 (その5)病名:肺気腫

気象庁の昨日の発表では、当地も平年より8日遅れで梅雨入りしたようだ。
昨日の朝から雨が降り続いている。
涼しいから、長袖のシャツの上にウィンドブレーカーを羽織っている。

気温的にはこれくらいのほうが体に優しいから助かる。
そのせいもあって日記を少し書く気になった。
パソコンに向かってキーを叩く姿勢は、自然と前かがみになるから、
呼吸が苦しくなるのだが、今日は少し楽な気がした。
今日は後追い日記の最後のページを書いて入院シリーズを終わらせたい。

退院してから1週間過ぎて体力が少し回復した5月26日に新車の納車があった。
17年間乗り続けた車は、代わりに引き取られて行った。
同日、身障者手帳申請に必要な書類が出来たので取りに来るようにと、
病院の相談センターから連絡があった。
翌27日、新車を駆って、書類を貰い受けに行ってきた。
これが初乗りだった。
酸素濃縮装置からの酸素を吸いながらの運転でも何ら問題なし。

貰い受けた書類は診断書など3枚。
傷病名の欄には「肺気腫」と書かれていた。
帰宅途中にスーパーの軒先にある写真スタンドで、申請に必要な写真を撮った。
週明けの5月30日、役場の福祉課に出向き、
診断書等と写真を添えて身障者手帳交付の申請を終えた。
なお、診断書の署名医師はボクの主治医ではない。
呼吸器内科のトップの医師で主治医の上司に当たるのだろう。
この医師が県の認定医師だろうと思われる。
ボクは一度も診察を受けていない。
申請の等級は3級が妥当と診断書に書かれているが、
どうやら4級に下げられることもあるらしい。
吏員からそのように告げられた。
交付まで1~2ヶ月かかるらしい。

2022年6月6日月曜日

後追い日記 (その4) 正しい呼吸法

入院してすぐに、ボクのためにリハビリが組まれていることが判った。
呼吸器系疾患のリハビリなんていうのは聞いたことがない。
何をやるのだろうか?

入院当日と翌日の午前中は適切な酸素供給量を探ることと
携行用酸素ボンベの使い方に費やされ、リハビリはなし。
2日目の午後になって、院内のリハビリセンターからトレーナーがやって来て、
「今からリハビリをやりましょう」と言って、ボクを病室から廊下に連れ出した。
SpO2無線通信機と酸素ボンベをトレーナーが持ってくれた。
「SpO2が下がらないような歩き方を覚えてもらいます」と言い、
「吸気1:呼気2 の呼吸を繰り返しながら、
自分に合った速さで歩いてください」と言って歩き出した。

出だしでは数メートルも歩けば苦しくなったが、
途中で椅子に腰掛け一息入れてからまた歩く稽古を繰り返したら、
数10メートルくらい歩けるようになった。
正しい歩き方をしていればSpO2計に出る酸素量は減らない。
呼吸と歩行がマッチしないと酸素量はすぐ減り、息苦しくなった。

入院中、このリハビリを3日間で4回行った。毎回30分以内。
それ以上はボクの体が耐えられない。
トレーナーの説明によれば、肺に酸素が残っていると新しい酸素が取り込めないから、
肺に残った空気を出来るだけ吐き出すことが肝心であると。

極端な話、走ったあとで息苦しくなったら、大きく息を吸うのは間違いだという。
しっかり息を吐くのが先で、その後に息を吸うこと。
そういう人は息を整えているときに肩は上下動しない。

ボクの場合、血中酸素は1:2呼吸法(複式呼吸法)のときだけではなく、
1:1で深い呼吸のときでも増える。
ボクの歩行では1:1で適度な深さの呼吸のほうが楽に歩ける。
トレーナーも、自分が楽な呼吸法で歩けるならそれでいい、と言ってくれた。

退院してからもずっと続けて練習をやっているが、
歩きながらのこの1:2呼吸法はなかなか難しい。
SpO2計でチェックしているとその難しさは分かるが、
SpO2計がないと分からないかもしれない。

1:2の口すぼめ呼吸と腹式呼吸はCOPD(肺気腫)の
患者に勧められることを後で知った。
呼気のとき口をすぼめて息を吐くと、
気管支が潰れるのを防ぐから息がしやすいという。
それに合わせて肺に残った空気をしっかり吐き出すこと。
そのために1:2呼吸をするのだということを、リハビリが教えてくれた。
まだ間に合うかも知れない。
呼吸筋を鍛えるために頑張ってみよう。

2022年6月4日土曜日

後追い日記 (その3) 入院生活

入院期間は1週間と聞いていたのに、終わってみれば9日間だった。
病室は当初一般病室でよしとしたが、考え直して個室にしたのは正解だった。
4人の相部屋では何かと気を使わなければならない。
たった2日間といえども入院が長引けばそれだけストレスが溜まろうというもの。
個室ならテレビの視聴にイヤホンをつける必要もなく、
スマホも電話も自由に使える。
トイレ付き、シャワーなしの部屋が指定された。
差額ベット料は4950円/日。
ボクは農協の準会員だから農協系のこの病院では割引が使えた。

コロナ騒ぎの折から院内は警戒レベル3。
入院時と退院時だけ付添が病室への入室が許されるが、
それ以外は一切面接できなかった。
病室は涼しかった。
エアコンの端境期で暖房は使えないそうだ。
そのために羽織るものが要るので入院翌日に家内に届けさせた。
ついでに下着の追加をして貰って置いたが、
入院期間延長に備えられて、幸いだった。

食事のお粗末さは先に書いた。
昔の一汁一菜は斯くの如しかと思えるほどの粗食。
ご飯は朝昼晩、入院中、全て丼でのお粥。
食事制限なしだから、別の階にある院内のスーパーで何かを買ってくればいいのだが、
酸素ボンベに支えられていても一人で行ける体力はなし。
せめて温かい缶コーヒーでも飲もうと同じ階の自販機に行けども、
ホットはなくて冷たいものばかり。
結局入院期間中は病院食だけで我慢した。
ひもじさから、つい、戦後の食糧難時代を思い出してしまった。

入院前から、自立歩行ができない程に体力が落ちていた。
なんとか病室から出て、酸素ボンベキャリーを引きながら廊下を歩こうとすると、
すぐSpO2が85%を切り、息苦しくなるから、これも出来ない。
結局、病室のベッドの上に寝転び、SpO2計をただじっと眺める。
その間に回診やリハビリが入るが、それも指定の午前午後各3時間だけで、且つ不定時刻。
短時間で終わるから、後は寝るしかない。

こんな入院生活、カラダにいいわけないさ!
体力は一段と落ち、排泄の調子も乱れた。
なんとかもとの調子に戻るのに退院後2週間も掛かったようだ。

2022年5月24日火曜日

後追い日記 (その2)身障者手帳のこと

在宅酸素療法になるといろいろなサービスを受けられると聞いていた。
そのために申請が必要だとも。
ボクはそのことをお願いし、主治医も了解してくれていた。
そしてボクは自分の理解の浅さを知ることになった。

まずは申請するということついて。
これは身体障害者手帳(身障者手帳)を交付して貰うための申請のこと。
申請書は患者自らが役場に出かけて提出しなければならない。
申請書には県が指定する医師の診断書と意見書を添付しなければならない。
であるから、患者はその旨医師にお願いしなければならない訳だ。
主治医が勝手に申請をやってくれると思っていたのと大違いだった。
お恥ずかしい次第なり。

診断書には動脈血の酸素量の記載が 必要らしく、このため、病室外を歩行し、
SpO2が85%を切ったところですぐ、主治医が鼠径部から採血した。
その時、主治医はボクの病名を肺気腫だと告げた。
肺がんは 認定の対象外 だそうだ。
だから診断書または意見書には肺気腫と書かれるだろう。

入院直後、家内がひとりで主治医に呼ばれてナースセンターへ出向き、
延命処置を希望するかしないかを問われて、しないと応えておいたと、
家内から報告されていた。
その時、CT画像を指さしながら、ここが肺気腫だと言われたそうだ。
ボクはそれまで一度も 肺気腫と言われたことがないので、
不審に思っていたのだが、これで平仄が合った。
ボクは肺気腫なんだ。

退院当日、院内の包括支援センターから女性職員が病室までやってきて、
身障者手帳の申請手続きを教えてくれた。
嬉しいことに、申請に必要な書類が揃ったら連絡をくれることになった。
それまでの手続きはすべて包括支援センターの方でやってくれるという。
ボクは連絡を待つだけでいい。
主治医と包括支援センターとは連携が出来ているから、
患者には大変ありがたいことである。

包括支援センターが我が町にもあることは知っていたが、
何をするところかは理解していなかった。
今回改めて勉強になった。
今後もお世話になるだろう。

身障者手帳は3級になるだろうと主治医は言った。
どんな恩恵があるのか?まだ調べていない。

2022年5月22日日曜日

後追い日記 その1 パルスオキシメーターで監視

検査入院前は在宅酸素療法についてほとんど知識がなかったが、
今回の入院のお陰で、やっとなんとか理解できるところまで到達した。

まず対象になる患者のこと。
これは血中飽和酸素濃度(SpO2)が90%を切るような患者。
このことについては以前に医師に確認したから、
自分も承知していた。

次いで、医師が在宅酸素療法を患者に処方する訳だが、
どの程度の酸素を処方すればいいのか?を
患者の容体を観察した上で医師が決められることになる。
容体の観察方法はSpO2を指標にして四六時中、
しかも、何日間という長い時間をかけて
観察する方法で行われた。
今回の入院検査はまさにこのための入院であった。

入院と同時に指先にパルスオキシメーターを噛められた。
データは無線でナースセンターのパソコンで観られ、
異常値が出ると、今何をやったんですか?と言って、
すぐにナースが病室にやって来た。
どうやら、警戒レベルの下限が85%に設定されていたようだ。

鼻先にカニューラ管が挿入された。
酸素供給量は入院当日が1㍑/分にセットされたが、
翌朝から0.5㍑/分に下げられた。
更にその翌日には、ベッドや椅子で安静にしているときは、
カニューラ管を外すことも許された。
トイレや歯磨き洗顔のときはSpO2が85%を切るから、
そのときはカニューラ管を付けた。

最終的には在宅酸素供給量は0.5㍑/分に決まった。
この値は可変であり、酸素供給器のセットで変更できる。
しかし、医師が処方した量だから勝手に変えることはご法度!
言うなれば、薬の処方と同じで、処方量を守らなければならないという訳である。
ということは、酸素は薬と同じ位置付であり、保険が適用されるということ。
ボクの保険の自己負担率は10%だから、今後使用する酸素に対してコストの10%を負担するだけで済む。
フィリップス社の担当者は、月間8200円くらいでしょう、と言った。
ボクの方とフィリップス社との間で金銭のやり取りは一切発生せず、
ボクが病院に支払うことになる。

2022年5月20日金曜日

在宅酸素療法が始まった

予定より2日遅れて昨日 11時に 退院した。
遅れた理由については別の日の日記で書くつもり。

退院にした5月18日、 病室を出る 時から 酸素 供給 管を鼻につけて酸素供給器の酸素を吸った。
病室から自宅まで酸素供給器の営業担当者が自宅まで同伴した。

担当者は、延長ホースの長さを計算のうえ、酸素発生器の置き場所を決め、
取り扱い方法などを一通り説明してくれた。
難しいことは何もなし。
スイッチのオンオフとフィルターの掃除、
それにバッテリーの入れ替えだけで済む。

酸素供給用に大小2つの酸素発生器、それに、停電など万一の場合に備えて小型の酸素ボンベ、
以上3つが酸素の供給源になる。
小型器は携帯または携行用であり、それぞれに使うバッグやキャリアーも用意されている。
ボンベはバッグに入れられ別のキャリアーに乗せられて、セット済み。
充電コードや使わないときのバッグの収納用のバッグもあり、小物が散逸することはない。
なお、業者はフィリップス社である。
患者にとって至れり尽くせりのいい会社である。

担当者が帰っていったあと最初にやったことは昼食。
いつもの粗末な我が家の昼食を美味しく貪った。
入院9日間、朝昼晩主食はどんぶりでお粥、おかずは不味くて少量という
粗食の連続だったから、我が家の昼食の美味しいこと美味しいこと!
お腹を減らすのが食事を美味しく食べるコツということを実践した。

次は風呂。
風呂でもシャワーでも、息を切らしながら体を洗うのは大変だから、
入院中、シャワーを使わないつもりでいたが、2日間入院が伸びたのは計算外。
流石に無性に風呂が恋しくなった。
昼食の後、しばらく休んでから風呂に浸かった。

昨日は、2台の酸素発生器の使いまわしを考えながら、実践した。
大型発生器は酸素が連続で供給されるが、小型は吸気するときだけ酸素が出るパルス式。
寝ている間に吸入管がずれたり、無呼吸睡眠時には酸素が吸えないので、、睡眠時は小型器を避けて大型をつかうことにした。

酸素の量は主治医の指定どうりにしないといけない。
ボクの場合はほぼ最低であり、0.5㍑/分と決められている。
在宅酸素療法については別日の日記に書くつもり。

2022年5月6日金曜日

在宅酸素検査入院予定

4月21日の 江南厚生病院 の受診で 5月10日に 検査入院 することに 決まった 。
検査は 在宅酸素 法を 始めるための 諸検査だと 言われている 。
入院期間は 1日だけで済むのか?一週間かかるのか ?やってみないとわからない 。

これより前の 4月17日 、起床後に ひどい息切れに 襲われた 。
2階の寝室から 1階の食堂に 下りたら 、椅子に 倒れこむ くらいの ひどい息切れだった。自分でできることといえば 椅子に座ったまま着替えをするくらい 。それ以外は何もできなかった。
それ以前は朝のルーチンとして 、ヨーグルトの植え継ぎや朝食の準備 などを 行なって いたのだが、 それもできなくなり、 すべてを家内に頼るようになった。
ひどい 息切れは 朝だけではなく 日中もずっと続くようになった。

このことを 訴えたところ 、 在宅酸素法に 進むことを主治医も納得したのである 。
(主治医が替わっていた。大学から派遣された非常勤医師だそうだ)

ひどい息切れ状態になると 立っていることはもちろん、椅子に座っていても長時間は持たない 。
パソコンに向かって ブログを書く こともできない。
病院に行けば行ったで、移動 することも容易ではない 。
4月27日に 事前検査として CT を撮りに行ったのだが 、
この時は車いすに乗っかって 家内に押してもらう 有様だった。
こうした突然のひどい息切れがどうして起きたのだろうかと考えてみた 。
思い当たるのは脱水症状 。

体重の変化を見ていると、 この頃から 急に体重が減っている。
こんな短い期間で急激に筋肉が減ったとは思えないから 、
水分が 抜けたんだろうと思うわけだ。
気温が 高くなったから 水分が抜けたんだということなら分かるけれども、
体重減少 は気温が上がる前から始まって いる 。

かかりつけ医の若先生 は、 お歳ですから仕方がないですね、と言って取り合ってくれない。そう言われてしまえば、これが老衰というものだろうかと考えてしまう。
自分としては 酸素ボンベを 担いだりキャリアーに載せて引いたりしてでも 自由に外出できること 願っているのだ が 、はたしてそれが可能なのだろうか?
やってみなければわからない 。