2012年1月6日金曜日

絶縁状?

昨日今日も、パラパラと年賀状が配達されてきた。
返信分である

昨日配達された年賀状5枚の中に絶縁状が1枚あった。
ありきたりの賀詞を印刷した賀状に添え書きがあって
「賀状での挨拶は今年限りにします。長い間ご交誼ありがとうございました」とある。
近況らしいことは何も書いてない。
何か事情があって自分のことが書けないのかも知れないが、
そうなら、そっけない返事でも仕方が無いか?とも思う。
であれば、絶縁状といってしまっては失礼!な訳で、
この正直者めが!ということになろうか?

義理だけの年賀状は結構多く、もう止めようと思うが、これがなかなか難しい。
先輩の中には、もうこれでお終いだよと言って来られた方もいたが、
これは年齢的に考えても素直に納得できるから、そう云う方には次回から出すのを止めればいい。

また、こちらから出しても返信のない先輩の場合、それが2年続けば、3年目からは出すのを止めることにしている。この場合は、自然消滅だから、いろいろ詮索しなくても済む。

問題は、出すのを止めた方から賀状が来た場合に、今までは必ず返信していることだ。
こういう方々には、こちらからもう止めると宣言すべきか?それとも返事を出さないでおくか?
迷うところだ。
今年の年末にどういう結論出をしているだろうか?自分でも分からない。

2012年1月2日月曜日

2012年 書き初め


元旦の昨日は、大方の予想を裏切って朝日を拝めた。
今日は日が登ってすぐ雲隠れ。そのあと晴天になったが木枯らし吹いて、時おりみぞれも。
年賀状を出しに外に出たが、人出も少なく静かな正月である。

元旦の新聞はチラシと特集版でボリュームばかりでかくて、読むべき記事は少なかった。
テレビは撮り溜めしたタレントの馬鹿騒ぎものか、再放送ものが多く、目新しいものが少ない。
唯一箱根駅伝でテレビを賑わせているが、これも例年通りだ。
Nikkei net によれば、箱根の上り(登りとは言わない)5区で、何年か前に記録を出したランナーに「山の神」の名前がついた、と書いてある。ついでに、ごぼう抜きという言葉も誤用だと。
新年を賑わせるのもいいが、新語や誤用を広めるのは多分にマスコミのせいでもある。

年賀状の中で特に目を引いたのがある。
こちらが去年の年賀状に肺がんのことを書いたから、そのお返しという意味もあるが、
いずれも自分の連れ合いが、がんに罹ったという添え書きがあった。
一人は郡山の人が柏のがん研で治療、もう一人は小山の人がつくば市で陽子線治療を受けたという。
最善の治療を求めて遠隔地の病院を選んで、伴侶のために尽くす人達の健気さに感じ入った。
この他に、入院して酸素吸入を続ける妻のために老々介護する人もいる。
前立腺がんが見つかって治療したひとも二人いる。
こうした話は決して他人ごとでなく、明日は我が身かもしれない。
年を経るほどにその現実が近づきつつあると考えるべきだろうが、
今は、現在の平安が少しでも永く続くことを祈るばかりである。

2011年12月31日土曜日

締まらない話 シャワー便座

子供たち家族が、夫々の都合で正月に里帰りしないので、家内ともども比較的のんびりと大晦日を迎えた。
それでも、家内はおせちを作って、昨日のうちに娘のところに送り出し、今日は台所の掃除をしている。
ボクはといえば、やはり昨日のうちにシャワー便座の水漏れに結論を出して、のんびりとパソコンに向かっている。

そのシャワー便座だが、何しろ狭い場所なので、取り外すのに便器を抱えて格闘する格好になった。
便座は分解できるところまで分解したが、水圧を掛けられなかったので、滲み出して箇所を特定出来なかった。
数年前に、メーカーのサービス会社にポンプだけ替えて貰ったことがある。
その時、すでにサービス期間が終了していて、次に故障したら、もう部品は有りませんよと言われていたから、どうやらこれで寿命らしい。

去年流行った歌の「トイレの神様」は寿命が短かったが、こちらはほぼ20年、随分長寿命だった。
我が家の山の神は、「床はバリアフリーにして、ドアは外開きに変更し、シャワートイレは全自動にしたい」と言っている。今年の最後に、頭の痛い宿題をもらった。

今年最後の日記はお尻を出したままで締まりのないようなものになってしまった。
くだらない日記に1年間お付き合い頂き、ありがとう御座いました。

2011年12月29日木曜日

耐震診断の結果

余り関心がなかったのでつい忘れていたが、
1週間前の21日に、先月行った耐震診断の結果を貰ったのだった。
今年のうちに記録として記しておこう。

全24ページからなり、立派な報告書だ。
(社)愛知県建築士会印と町役場の受付印が押してある。
町が建築士会に委託した事業ということである。

結果は、調査時に推定で言われていた通りだった。
建物のX方向、Y方向とそれに1階2階に分けた4つ値が記されている。
最小は1階のY方向の0.42 、最大でも2階のY方向の0.82である。
震度6強の地震で0.7以下は倒壊の危険性大と言われるから、
1階にいては危ないが、2階なら、かろうじて何とかなるか?である。

担当した建築士の弁によれば、土台のコンクリートにひび割れがあるのと、
1階の北西の角が風呂場で、ここに筋交いが入ってないのが、評価を下げた最大の理由。同年代の建物としては平均値だそうな。
耐震工事の見積額は220~270万円で、町からの補助が60万円出るそうだが、今更、それだけの投資をするつもりはない。
地震が来たら、逃げるか、2階に篭るか、さもなくば死ぬかである。
死ねばそれもまた運命と割り切れる年齢ではある。

家内に、最初からそんなこと分っているのに、何で診断を受けたのかと、また叱られた。
爺さんの野次馬根性に他ならない。

2011年12月28日水曜日

片方のレンズがないメガネ

左目の白内障手術から8日目で、平常生活OKの許可が出た。
すなわち、ゴーグルが外せて、洗髪・洗顔がOK、目薬差すにも清拭カット綿不要となった。
問題は、残る右目の手術まで左右で視力がチンガタンだからメガネをどうするかである。
術後1ヶ月くらいは視力が安定しないからメガネも作れない。

窮余の策は今まで使ってきたメガネの左側のレンズを外すこと。
早速やってみた。
遠くを見る時は手術した左目で見ているようで、よく見える。
近くは今まで通りレンズ越しに右目が働くから、何とかみえる。
・・・ということで、急場は凌げそうだ。
他人様が見たら、この爺さん、変な爺さん! メガネの片方のレンズが無い!・・・と思うだろうな。

今年の医者通いも今日で終わった。
医療費を集計したら、肺がんを手術した去年でさえ10万円を越えなかったのに、
今年は、家内と二人で10万円を越えた。
大きな病気はなかったのにチャチャポチャと病気をしたということだ。

寝違いで首が回らないことはままあるが、胴体が寝違えたのだろうか?
その痛みもあと少し残っているが、年内には消えるだろう。
脊柱管狭窄症が原因になっているのかも知れない。
と云うことで、本来の腰痛も来年に持ち越すことになった。

2011年12月25日日曜日

サンピラー現象


日本列島に寒波が来て冷え込んだおかげで、今朝、起きがけにサンピラー現象を見た。
冷え込んだと言っても、北国ほどではないから、サンピラーもそれほど明瞭ではないが、我が家にいながら見られただけでも珍しい。

その後天気は雪に変わり、断続的に降っている。
シーズンの初雪である。
明朝は少し積もっていいるだろう。

寒気のせいでもあるまいが、昨日の朝方から、寝返りにも苦労する程、胴から背中に掛けて痛み出した。ジッとしてれば痛くないが、動くと痛む。
歩く姿は腰の曲った爺さんそのものだろう。
この奇病は持病でもある。10年間で4回目だろうか?
原因は不明でシーズンを問わない。
2~3日すれば、多分収まるだろう。
歳を取ると体も色々故障する。

2011年12月22日木曜日

手入は大事だよ

手入を怠っちゃいけない反省話を2つ。
1つ目はタイヤの空気圧のこと。
4日前にスタッドレスに履き替えた。少し、空気が足りないような気がしたが、ノーマルタイヤより少し少なめでよい、という意識があったから、こんなものかと思っていた。
今日、眼科の駐車場で、よその車と比べてみたら、明らかにタイヤが凹んでいる。やはり変だ。
早速、帰りがけにスタンドに寄ったら、お兄さんに笑われた。これはちょっと酷い!と。
正常圧220kPaで、月に10kPaくらいづつ減るよ!だと。
そうなのか、3年間ノーチェックだった。危ない危ない。
2つ目はユズの防除のこと。


庭のユズの木に今年も予想以上に実を付けたから、今日のゆず湯用のユズには事欠かない。
但し、ここ2年間、手入を怠ったからテツザビ病が出て、綺麗な肌のユズは殆ど無いが、
まあ、ユズの香りを楽しむ分には支障はない。
ユズの大馬鹿18年と言われ、やっと数年前から大量に実をつけるようになった大切な樹だから、来春には剪定して日当たりと風通しを良くし、マシン油噴霧でダニの防除をしよう。
白内障の方は、昨日の検眼では裸眼で1.0の視力が出ていた。
今日は術後2日目で順調の診断あり。
洗顔、洗髪はできないが、入浴は首から下までなら昨夜からOK。
今夜のゆず湯に間に合った。