2017年12月18日月曜日

喪中ハガキの返信を3人から頂いた。偶然にも3人とも50年前に郡山で一緒に働いた仲間だった。彼らはボクと同様に、その後あちこち転勤を重ねた。
ボクが勤めた他の事業所で一緒だった人からの返信はなかったから、
3人からの返信は当時の郡山の仲間たちの絆の固さを如実に語るものだろう。

北海道にいるNさんの返信はある程度儀礼的な感じがするけれども、それでもボクには心温まるものだった。
郡山にいるOさんとKさんはあちこち転勤を重ねたあと、現役引退とともに郡山に戻られた。
それ以来、年賀状だけのお付き合いになっていた。
今年の年賀状でぼくが肺がんだったことを告白したから、お二人とも随分心配してくれていたようだ。返信の文面から容易にそのことが読み取れた。

早速お二人に電話を入れた。
先ずKさんのこと。
ご本人はご健康なようだが奥方が間質性肺炎を患われていて、気丈にお話はされたものの、声の調子から体調が勝れない様子が窺い知れた。お大事にと申し上げるほかはなかった。盛岡駅で見送って頂いてから28年ぶりの会話であった。

一方、Oさんは元気そのもの。
88才になった今年も磐梯山周辺の4つのスキー場共通の年間パスを買って、スキー三昧の予定だと聞いて恐れ入った。奥方の元気な声も聞けた。Oさんが秋田大館在勤のとき会って以来29年ぶりの会話になった。奥方とは50年ぶりになるか?

郡山の事業所が閉鎖され、すっかり無くなっても、人の絆は今も脈々と生きている。
つくづくそう思う。

2 件のコメント :

忠ちゃん さんのコメント...

昨年ボクは喪中はがきを出した。それに対して数人から丁寧な返信かきた。おもに甥っ子、姪っ子からだったが、あちこちで一緒に仕事した仲間から3人ほど連絡がきた。お互い子持ちどうし社宅で生活した仲間です。
返信があった人に対して、貴兄はさすがにキチッとフオローしていますね。こうした喪中ハガキをもらったとき、ボクは恥ずかしながら何も連絡したことがない。年賀状を出さずに済ますだけ。今後反省し丁寧な対応に心がけようと思う。
さしあたって返信をもらった人には、今回、心のこもった?年賀状をしたため投函した。

ター さんのコメント...

>忠ちゃん 喪中ご挨拶そのものが儀礼的になっていますから受け取る方もその感覚ですね。だからボクも返信することはほとんどありません。喪中ハガキを貰ったら、正月明けに寒中見舞いを出すのが普通のようですけどね。(恥)
ただ、心のこもった便りをいただけば、それ相応にレスポンスするのは自然なことです。今回はそのケースですね。