2014年9月28日日曜日

御嶽山が噴火

昨日(9/27)11時53分頃、御嶽山が7年ぶりに噴火した。どうやら水蒸気爆発らしい。
多くの死者、負傷者、行方不明者が出ている模様でだが詳細は未だわからない。
岐阜長野両県警や自衛隊などによる懸命の救助活動が続いけられているが、降灰に阻まれて難渋しているらしい。

今日は朝から快晴で雲がないから、80㌖先の御嶽山の噴煙が見えるだろうと思い、犬山の木曾川河川敷公園堤防の上まで自転車を漕いで走った。
しかし、残念!生憎の真夏日並みの暑い日とあっては、空気中の湿度が邪魔して御嶽山の姿は見えなかった。
じっと見を凝らすと、かろうじて噴煙らしいものが見えるが、これでは写真を撮っても証拠写真にもならない。
今年の5月17日の空気の澄んだ日に撮った写真を改めて眺めてみると、噴煙らしいものが写っているようだ。今回の噴火もこの辺りの南斜面らしい。

空気の澄んだ日に撮影に再挑戦してみよう。その時には、噴煙は収まっているだろうけど降灰で白くなった頂上付近が見えるかもしれない。

2014年9月23日火曜日

XPパソコンの廃棄準備 HDDデータ消去で手間取る

WinXPパソコンをLAN経由でWin7と繋いでデータストレージとして使ってきたが、WinXPを
起動させるごとに無用なwin update が動き出して、誠に鬱陶しい。
元々は捨てるにモッタイナイと思ったから残したのだが、どうも使い勝手が悪いし、大して役に立たないとあっては、最早断捨離すべきと思い立った。

問題は捨てる前にHDDのデータを消去しなければならないこと。
いざ作業を始めたら、これが結構難物だった。
方法はネットで探して簡単に見つかった。
フリーソフトもダウンロードした。
必要になるフロッピーディスクドライブ(FDD)もUSB接続のものを既に所有している。
(フロッピーでなくCDから読み込ませる方法もあるようだ)
フロッピーディスクでMS-DOSの起動ディスクを作成し、更にそのディスクにフリーソフトのDESTROYを書き込んだ。
これで準備完了。

ところがどっこい!BIOSの設定変更で手こずった。
DESTROYというフリーソフトはMS-DOSで走らせる。
そのため、パソコンのBootの優先順序はMS-DOSが入っているフロッピーディスクドライブが一番でなければならない。BIOSでそのように変更したいのだが、BIOSはめったにいじるものではないから、やり方がわからないのだ。
何日も掛けてやっとのことでやり方が解ったのだが、解ってみればどうってことはない。
何~んだ!そんなことか!である。
当然のことだがマザーボードごとにBIOSの記述は異なっている。機種が違えば記述も違う。
しかも英語で書いてある。だから解読に手間取った、という訳だ。

かくして、めでたく250GのHDDの全てのクラスターに数字を上書きし終わった。
1回の書き込みが1時間半、これを3回繰りしたから合計4時間半掛かった。
性能の良いCPUならもっと速かったかもしれないが、なんたってこちらは10年前のPentium4 3.2GHzという古強者だ。動きが速かろうはずがない。
以上で廃棄準備完了なり。


DESTROYの操作はこちらに詳しく紹介されている→(http://tomo-home.mimoza.jp/anna/paso/DESTROY.htm)


2014年9月20日土曜日

スコットランドに気を取られていたら冷蔵庫が故障していた

英国からのスコットランド独立の住民投票が否決されて、正直なところボクもホッとしている。
特別な理由はないが、強いていうなら長年親しんで来たイギリスという国のイメージが今更変わってほしくないというだけのこと。
人口僅か650万人、面積が北海道と同じくらい、経済規模がイギリスの10%程度という国が出来ても、やがて枯渇するであろう北海油田を頼りにして将来的にやっていけるの?という疑問が湧く。多くの諸外国はそう見ていたんじゃないだろうか。
もっとも中国だけは、中国政府報道官が「イギリスの内政問題だからコメントする立場にない」なんて鼻をくくったようなことを公式見解として述べたが、相変わらず食えない国だこと。
イギリスが元の鞘におさまって呉れることになって、めでたしめでたし。
ボクはといえば、独立するとポンドが下落するかも知れないというので、持っていた僅かばかりのポンドを事前に円に変えたが、どうやら目論見が外れたようだ。

そんな騒ぎを気にしている間に我が家の冷蔵庫が故障した。
アイスクリームが柔らかいと家内が言い出したのが4日前。
冷蔵庫に物を詰め過ぎたせいじゃないかと疑って、庫内整理したのが3日前。
それでもアイスクリームが固くならないと分かったのが2日前。
やっとボクが本腰を入れて点検したのが今日。やっぱり冷えていない。
M社のサポセンに電話したら、電源を抜いて15分以上放置してから再度電源を入れてみて、ダメなら更に2~3回同じことを繰り返し、それでもダメなら修理対象になるという。
その通りやってみたがコンプレッサーが動く様子はなし。
M社の冷蔵庫で9年目。先代が同じM社製で7年目にダメになった。
修理より更新するほうがベターと判断し、電器量販店に走った。
チラシの特売製品でP社製。13万円少々の出費になった。
明日には届くから、家にある同じP社製の小型冷蔵庫でなんとか凌げるだろう。
我が家では家電はP社製という神話が出来つつある。

イギリスとP社、老舗だから信頼出来るというボクの思い込みかも知れない?

2014年9月17日水曜日

曼珠沙華は律儀な花だ

あちこちで曼珠沙華が咲いたと聞こえてくるから、
そうか咲いたか!と気を急く人がいるかもしれないが、
でも、この花の真っ盛りはお彼岸の頃と決まっているから、慌てて見に行くことはない。
どんな天候不順の年であろうとも時期がズレることはない。
誠に律儀な花といえよう。

食欲が依然出ず、微熱も時として出て体がだるかったり、体調がイマイチな日々が続いている。
が、今日は何となく良さそうなので、自転車で木曽川緑地まで出かけた。
木曽川緑地は何十日ぶりだろうか?暑さが来た頃にはもう散歩に出なかったから、2ヶ月以上もご無沙汰したようだ。
予想通り、曼珠沙華は満開まで今少しというところ。まだ寂しい咲き方をしている。
何故か1本だけ白い曼珠沙華が咲いていた。毎年観ている場所だが、今まで見かけたことがない。
萩が真っ盛り。芙蓉もまだ結構咲いている。
哀れなのはオニグルミ。沢山ある木のほとんどが葉を虫に食われてしまっている。
8月の日照不足が害虫の大発生に繋がたかも知れない。
今年のクルミ拾いはあまり期待できないだろう。

歩いても自転車を漕いでも、体力の衰えは歴然!
歩くスピードは術前の半分くらい、自転車も6段チェンジの2段くらい下げることが多くなった。
それ以上だと胸が圧迫されて息苦しくなる。
まだ術後1ヶ月だ!と慰めていいのか?もう戻れないと諦めるしかないのか?
我が体力もいよいよ秋を迎えたようだ。


2014年9月13日土曜日

肺腺ガン病理検査結果 原発性を喜ぶ

昨日の術後初外来受診で、切除した肺ガンの病理検査結果を知らされた。
肺腺ガン、しかも転移でなく原発性だと。
先生曰く、「転移でなく原発性で良かったですね」と。
聴く方のボクと家内は一瞬、「良かったって、どういうこと?」。

先生の説明はこうだ。
再転移だったら、次々に転移しているということになるけど、原発性ということは同じ肺腺ガンと言っても別種のガン。しかもそのガンを12㍉の小さいうちに早期発見、早期切除したのだから、これが再発する可能性は小さいと考えたい。
今後の治療は一切なし。経過観察だけでいいですよ。

これを聴いて、ボク等夫婦、緊張が解けて、一気に破顔!
ああ、良かった!

先生は更に、
「原発性肺腺ガンが再発するケースは稀ではありません。よくあることです。」
「初発から5年経ってから出来る人もあります。」
「あまり心配しないで長生きして下さい。」
「貴方の場合は、ガンが出来やすい体質だということですね。昔、タバコを吸っていたということも大いに影響していると思います。」と。
機会があるごとに昔のタバコの話が出るが、先生のタバコ有害説は徹底している。
ついでのことだが、肺腺ガンによく効くという分子標的薬のイレッサ、これはタバコを喫したことのある人には効かないそうだから、ボクにはこの道は絶たれている。
また、ボクの両親兄姉の8人家族うち既に他界した4人は全て肺の病気を患ったことがあるから、ボクを含めれば5人。肺が弱い系統だろうと思う。
先生の仰ることは思い当たることばかりだ。

受診前に行った採血とレントゲン撮影の結果では、
「血中のCRP値が高いがグッと下がってきているので、炎症は問題なし」、
「術前術後のレントゲン写真の比較では、左肺全体の縮小があるが問題なし」、
「空気漏れ(気胸)の心配もなし」、
と診断された。
左腋の下の6㌢の切開跡を診ながら、「綺麗にいっています」と言って、抜糸もしない。
どうやら自動縫合器で縫ったものか?(治療明細には自動縫合器を4回使ったような記載がある)
ここは切除した肺を取り出した開口部と言うことになる。
ドレーン管が入っていたもう一つの開口跡は3針縫ってあった。
消毒せず、ピンセットで糸をスイッ!と引き抜き、「今日から風呂もOKですよ!」。

そして明けて今日、いい結果が出ると精神的緊張から開放されるせいか、体調も一段と回復したように思う。セレコックスも一日4錠から2錠に半減することにした。
これで食欲不振が改善されればなお一層の回復が期待される。
順調な回復で一安心!

2014年9月8日月曜日

3度目の肺ガン手術 (7)退院とその後

退院の足止めをた8月25日からの3日間は、一日3回、血圧、体温、血中酸素の測定と、聴診器による聴音を看護師が行うのみ。
退屈しのぎのに窓外を眺めた。
時として、普段お目にかかれないような光景にも見せる。そんな時慌ててカメラを向けた。

8月29日(金)
前日の早朝の採血で、炎症の値が良くなり、午前中に退院の許可が出た。
午後にでも退院しても構いませんよと言われたが、ここまで来れば急ぐこともないので、
今日の午前中に退院すると決めた。手術後11日目である。
肺ガンの手術といっても、いろいろのケースがあると思うが、早期の肺腺ガンを肺の一部ごと切除する場合は、おおよそこれくらいの入院で治療してもらえると考えていいのだろう。
尤も、早期肺腺ガンといってもボクの場合は、右上葉、胸腺、左下葉の一部というように、回数が重なった。

家内が車で迎えに来て、11時には精算が終わった。
14日間の入院で総額295,940円(税込み)、そのうち224,000円(税別)が個室料。
余り負担に感じないのはガン保険の入院給付金が当てに出来るから。

看護師さんは、新人とおぼしい人からベテランまで、指折り数えて7人にお世話になった。
皆、患者に一生懸命尽くそうとする姿勢で貫かれていて、優しかった。
K先生にはもう会える機会はない。女性は女性らしく、しかし、医師らしくテキパキした先生だった。将来立派な呼吸器外科医になるだろう。
M先生にはこれからも外来診察でお会いできる。
お世話になった皆さんには心から感謝。有難うございました。

今日は9月8日(月)、退院してから9日経った。
追加で出された抗菌剤の服用は4日前に終わった。微熱もその頃から取れたようだ。
手術で切開した跡の傷口の痛みはないが、乳房の下から胸骨にかけた辺りの軽い痛みが依然として消えない。消炎鎮痛剤は今週金曜日まで飲み続けるよう処方されている。
食欲不振が依然として続いているが、原因はこの消炎鎮痛剤かも知れない。
あと数日で薬が終われば食欲も戻るだろうか?
問題は息切れが激しくなったことだ。
徐々に、肺活量も回復するだろうと思うが、もう元の体にはもう戻れない。そんなことを実感している。
抜糸は4日後、外来診察で。
病理検査結果と以後の治療方針がそこで示される予定。
3回目の肺ガン手術の日記はこれでお終いにすることにしよう。


2014年9月7日日曜日

3度目の肺ガン手術 (6)退院の足止め

8月21日(木)手術後3日目
前夜飲んだ下剤が効いてスムースに排便出来た。
その前に、手術した肺から空気漏れしてのではないか?と勝手に思い込んで、
家内と二人でシュンとした一件が有ったのは前述のとおり。

17時45分にK先生が回診してきて、栄養剤の点滴を外し、胸腔ドレンホースホースを抜管して、胸の穴を塞いでくれた。術後3日目でのドレーン管の抜管は当初の予定通り。
一気に身軽になった。
残るは、背中に入っている鎮痛剤のカテーテルだけとなった。
この夜も熱が37.8℃まで上がったのでロキソニンを服用し、氷枕を用意してもらった。
家内は自宅に帰った。

8月22日(金)
相変わらず朝から37℃近くの微熱が続き、食欲も出ない。
それでも回復は順調と思われ、午後5時すぎにK先生が回診してきて背中の鎮痛剤カテーテルを抜管してくれた。
これで全ての管が外れ、体は束縛から開放された。
消灯前、体温は37.5℃と微熱が続く。
ロキソニンを飲んで寝た。
家内は自宅待機。

8月23日(土)
8時40分M先生回診、9時K先生回診。
患者の看護データを全て把握してから回診するので、患者の容体はわかっているが、念のため患者の顔を見に来るということのようだ。
微熱や食欲不振のことは意に介していないらしい。
週明けの8月25日の朝に採血し、結果が良ければ、その翌日の26日(火)に退院の予定と告げられた。当初の予定通りだ。
この日、家内は着替えなどを届けて、自宅に戻った。
18時に37.6℃だったのでロキソニン服用した。

8月24日(日)
微熱が続いたので朝食と夕食後にロキソニン服用。
この日は先生の回診なし。
家内が来て、そのまま泊まった。

8月25日(月)
6時半に採血。
14時30分 K先生が来て、退院を先延ばしする旨宣告。ガガーン!
炎症を示す値が悪いからとの理由。
あとで看護師にどんな値なの?と尋ねたら、CRP値だと教えてくれた。
新たに抗菌剤(クラビット)が追加され、今夜から1日1回服用することになった。
次回採血は3日後の8月28日(木)。
値が良ければ、その翌日8月29日(金)に退院が可能と予定された。
顔を合わせた看護師長(婦長)は「退院の足止めは、それも想定内のことですよ」とあっさり。

順調と思われた回復も、どっこいそうは問屋が卸さなかった。