2011年12月31日土曜日

締まらない話 シャワー便座

子供たち家族が、夫々の都合で正月に里帰りしないので、家内ともども比較的のんびりと大晦日を迎えた。
それでも、家内はおせちを作って、昨日のうちに娘のところに送り出し、今日は台所の掃除をしている。
ボクはといえば、やはり昨日のうちにシャワー便座の水漏れに結論を出して、のんびりとパソコンに向かっている。

そのシャワー便座だが、何しろ狭い場所なので、取り外すのに便器を抱えて格闘する格好になった。
便座は分解できるところまで分解したが、水圧を掛けられなかったので、滲み出して箇所を特定出来なかった。
数年前に、メーカーのサービス会社にポンプだけ替えて貰ったことがある。
その時、すでにサービス期間が終了していて、次に故障したら、もう部品は有りませんよと言われていたから、どうやらこれで寿命らしい。

去年流行った歌の「トイレの神様」は寿命が短かったが、こちらはほぼ20年、随分長寿命だった。
我が家の山の神は、「床はバリアフリーにして、ドアは外開きに変更し、シャワートイレは全自動にしたい」と言っている。今年の最後に、頭の痛い宿題をもらった。

今年最後の日記はお尻を出したままで締まりのないようなものになってしまった。
くだらない日記に1年間お付き合い頂き、ありがとう御座いました。

2011年12月29日木曜日

耐震診断の結果

余り関心がなかったのでつい忘れていたが、
1週間前の21日に、先月行った耐震診断の結果を貰ったのだった。
今年のうちに記録として記しておこう。

全24ページからなり、立派な報告書だ。
(社)愛知県建築士会印と町役場の受付印が押してある。
町が建築士会に委託した事業ということである。

結果は、調査時に推定で言われていた通りだった。
建物のX方向、Y方向とそれに1階2階に分けた4つ値が記されている。
最小は1階のY方向の0.42 、最大でも2階のY方向の0.82である。
震度6強の地震で0.7以下は倒壊の危険性大と言われるから、
1階にいては危ないが、2階なら、かろうじて何とかなるか?である。

担当した建築士の弁によれば、土台のコンクリートにひび割れがあるのと、
1階の北西の角が風呂場で、ここに筋交いが入ってないのが、評価を下げた最大の理由。同年代の建物としては平均値だそうな。
耐震工事の見積額は220~270万円で、町からの補助が60万円出るそうだが、今更、それだけの投資をするつもりはない。
地震が来たら、逃げるか、2階に篭るか、さもなくば死ぬかである。
死ねばそれもまた運命と割り切れる年齢ではある。

家内に、最初からそんなこと分っているのに、何で診断を受けたのかと、また叱られた。
爺さんの野次馬根性に他ならない。

2011年12月28日水曜日

片方のレンズがないメガネ

左目の白内障手術から8日目で、平常生活OKの許可が出た。
すなわち、ゴーグルが外せて、洗髪・洗顔がOK、目薬差すにも清拭カット綿不要となった。
問題は、残る右目の手術まで左右で視力がチンガタンだからメガネをどうするかである。
術後1ヶ月くらいは視力が安定しないからメガネも作れない。

窮余の策は今まで使ってきたメガネの左側のレンズを外すこと。
早速やってみた。
遠くを見る時は手術した左目で見ているようで、よく見える。
近くは今まで通りレンズ越しに右目が働くから、何とかみえる。
・・・ということで、急場は凌げそうだ。
他人様が見たら、この爺さん、変な爺さん! メガネの片方のレンズが無い!・・・と思うだろうな。

今年の医者通いも今日で終わった。
医療費を集計したら、肺がんを手術した去年でさえ10万円を越えなかったのに、
今年は、家内と二人で10万円を越えた。
大きな病気はなかったのにチャチャポチャと病気をしたということだ。

寝違いで首が回らないことはままあるが、胴体が寝違えたのだろうか?
その痛みもあと少し残っているが、年内には消えるだろう。
脊柱管狭窄症が原因になっているのかも知れない。
と云うことで、本来の腰痛も来年に持ち越すことになった。

2011年12月25日日曜日

サンピラー現象


日本列島に寒波が来て冷え込んだおかげで、今朝、起きがけにサンピラー現象を見た。
冷え込んだと言っても、北国ほどではないから、サンピラーもそれほど明瞭ではないが、我が家にいながら見られただけでも珍しい。

その後天気は雪に変わり、断続的に降っている。
シーズンの初雪である。
明朝は少し積もっていいるだろう。

寒気のせいでもあるまいが、昨日の朝方から、寝返りにも苦労する程、胴から背中に掛けて痛み出した。ジッとしてれば痛くないが、動くと痛む。
歩く姿は腰の曲った爺さんそのものだろう。
この奇病は持病でもある。10年間で4回目だろうか?
原因は不明でシーズンを問わない。
2~3日すれば、多分収まるだろう。
歳を取ると体も色々故障する。

2011年12月22日木曜日

手入は大事だよ

手入を怠っちゃいけない反省話を2つ。
1つ目はタイヤの空気圧のこと。
4日前にスタッドレスに履き替えた。少し、空気が足りないような気がしたが、ノーマルタイヤより少し少なめでよい、という意識があったから、こんなものかと思っていた。
今日、眼科の駐車場で、よその車と比べてみたら、明らかにタイヤが凹んでいる。やはり変だ。
早速、帰りがけにスタンドに寄ったら、お兄さんに笑われた。これはちょっと酷い!と。
正常圧220kPaで、月に10kPaくらいづつ減るよ!だと。
そうなのか、3年間ノーチェックだった。危ない危ない。
2つ目はユズの防除のこと。


庭のユズの木に今年も予想以上に実を付けたから、今日のゆず湯用のユズには事欠かない。
但し、ここ2年間、手入を怠ったからテツザビ病が出て、綺麗な肌のユズは殆ど無いが、
まあ、ユズの香りを楽しむ分には支障はない。
ユズの大馬鹿18年と言われ、やっと数年前から大量に実をつけるようになった大切な樹だから、来春には剪定して日当たりと風通しを良くし、マシン油噴霧でダニの防除をしよう。
白内障の方は、昨日の検眼では裸眼で1.0の視力が出ていた。
今日は術後2日目で順調の診断あり。
洗顔、洗髪はできないが、入浴は首から下までなら昨夜からOK。
今夜のゆず湯に間に合った。

2011年12月20日火曜日

白内障手術

本日、左目の白内障手術をしてもらった。
これが今年のボクのメインイベントである。
すでに家内が右目で1ヶ月先行したから、
要領はおおかた理解していたので特に不安なかった。

目をしっかり消毒するために、眼球を洗浄殺菌するので、
少し滲みて、痛かった。
これを我慢すればあとは麻酔が効い来て、楽になった。
水晶体を砕いて吸引するのに手間取った気配があったので、
終了後に訊ねた。
どうやら、水晶体が壁に粘りつく質だったらしく、「慎重を期してやりました」
と先生の弁。
洗浄、麻酔、切開、水晶体破砕と吸引、レンズ挿入の都度声が掛かり、
途中で2回と終わった時に、順調ですよと先生の声。
手術台に載っていたのは20分くらいだろうか?
やはり緊張はしたものの、先生の声は励みになった。
評判どおり良い先生である。

手術後、眼帯もなしに、ゴーグルだけで家に帰った。
今現在16:30、ゴーグルのせいで、片方の右目にメガネが掛けられないので、
パソコン画面を虫眼鏡で見ながらキーインしている。
壁に貼った視力検査表を眺めてみると、
手術した左目は未だぼやけながらもマークが1重丸に見える。
右目では2重丸だ。
どうやら近くを見る以外はメガネ無しで過ごせる道が見えた。
20年ぶりに!

2011年12月19日月曜日

年内の決着 無線LAN中継器

北朝鮮の金正日死亡のニュースが正午直前に流れた。
独裁者の死亡ということでは「良かった」と、北朝鮮拉致家族会会長の弁もあったが、
吉か?凶か?は未だ先のこと。願わくは、吉となれ!

年の瀬が近づくほどに問題は年内に解決という気持ちが働く。
些細なことだが、無線LAN中継器を遊ばせていることもそのひとつ。
無線LAN親機を更新してから、中継器との繋ぎ方が分からず放置したまま1年近くになってしまった。
使えるものを使わないで放置するのはボクの性分に合わない。
そこで本腰を入れて取っ掛り、ググるにググッて、ついに対策を発見した。
この種の問題は解ってしまえば誠にたわいがない。
親機の設定を少し変更したら、あっさり繋がった。
これで1階と2階の無線が途切れることも無くなった。

以下は忘却対策としてのメモ
問題の状況
2010年12月7日 Planex社製 無線LAN中継器MZK-Ex300N を購入。
2011年1月21日 NEC製 無線LAN親機 WR8700N を購入。
Planex社にも問い合わせしたが、子機(中継器)の設定に問題なし。
ノートPCと中継器と親機は繋がるけれども、インターネットに繋がらない。

対策
WR8700N(親機)の管理画面にログインして、
無線LAN詳細設定(2.4GHz)の「オートチャネルセレクト機能」を使用しない(チェックボックスをチェックしない)に設定、
「デュアルチャネル機能」を使用しない(チェックボックスをチェックしない)に設定、
「使用チャンネル」13に変更、
以上の設定変更をしたら、あっさりネットに繋がった。
結局、親機も子機も悪くない。悪かったのはボクの頭だけ!

この他に、
ノートPCのようこそ画面でフリーズする問題、
シャワートイレのシャワー側の水漏れ問題
が残っている。
さて、年内に片付けられるかどうか?

2011年12月17日土曜日

国民へ目眩ましか? 原発収束宣言

昨日、唐突に、ドゼウが原発事故の収束宣言をした。
国民はおろか世界中が耳を疑った。

工程表のステップ2に書いてある冷温停止が達成されたから、
宣言を出したと言うから、聞いて呆れる。
政府は国民を目眩ましにしようと思ったのか?
だとすれば国民を馬鹿にしていると言わざるを得ない。

そして政府に対して国内からだけでなく、国外からも一斉に非難の声が上がった。
「原発の安全性に関する状況は基本的に変わっていない」とし、
危機が存在しないというような言い方は間違い」であり、「ごまかしだ」と言い切り、
原発大国のフランスでさえ「未だ何も終わっていない」と報じた。

そもそも、原子炉本体のメルトダウン対策を抜きにした工程表は、
本質的に意味を成さないはずである。
そんなことが分からないのか!と怒りさえ覚える。
こんなドゼウ、柳川にしても食いたくない!


写真は洪水に遭っても生き残ったヌートリア。
これも生き残ってもらいたくない害獣である。

2011年12月13日火曜日

高校クラスメート忘年会

昨夜は忘年会。
ボクの忘年会といえば、高校の仲良しグループのこれしかない。
高校の同級生の仲良しを中心にして自然に寄り集まった連中が13名。
当初は、ボクともう一人で、たまには飲もうかと、はじめたのがキッカケだった。
そして毎年、一人増え、二人増えしている間に、ここまで膨らんだ。
そんな訳で、はじめからなんとなく幹事をやって来た。
もう勘弁してよと言ったこともあるが、引き続いて「やれ」というから、そのままになている。
その代わり、手間を省くために、日にちは変われども場所は同じ所だよ、という条件を出した。だから、ここ4年ばかりは、毎年同じ場所で、同じバイキング料理。
シニア割引が効く上に、今年は仲間の一人が10%引きのクーポン券を持って来た。
フリードリンクなしなら2700円、ドリンク付きで4050円、時間は2時間。
この安さだからということもあるが、仲間内では好評である。

事前の案内は、メールアドレスがある者にはメールで、その他の者には電話で、
2ヶ月くらいも前に連絡したままだった。
いざ当日になって、さて、全員間違いなく来てくれるだろうか?
このことが頭の中でよぎった。
だが、それも杞憂だった。予定した12名全員がキチンと集まった。
よしよし!まだまだ皆ボケていないわい、と内心で思った。

帰りがけに、それとなく言った者がいる。
いつまでこうして皆が集まれるのだろうか?
これから徐々に欠ける者が出てくるだろう。
だから、毎年こうして皆の顔を見ることが大事なんだと。
仲間は皆、同じ思いなのだろう。

2011年12月11日日曜日

整形外科で今更血液検査とは?

もう4日前ことだが、整形外科で血液検査しましょうと言われて採血したが、どうにも納得行かないので書き留めることにした。

当日の担当医は腰痛オペセンターの副センター長だから、常勤医の中では上から3番目だろう。若手の医師のなかでは比較的ベテランの部類かもしれない。

形どおり「調子はどうですか?」と訊くから、「いいです」と答えた。
「立って下さい」と言われて、何のことかとキョトンとしていたら、
看護師が椅子の脇に立つようにと、助言した。
「前に曲げて下さい」というから、足を少し開いて目一杯前屈した。指先が床に届いた。
「後ろに反らして下さい」というから、これも目一杯後屈した。
全く問題ないはずだが、医師は何も言わない。
医師はカルテをパラパラとめくって、「注射をしばらくしていませんね」というから、
「ここ3ヶ月しておりません」と応えた。
すると、「今日は注射をどうしますか?」と訊くから、「パスします」と応えた。
医師は未だ何かを探すようにカルテをパラパラめくって、「他に治療している病気はありませんか?」と訊いてきたから、「治療はしていないけれど、肺がん手術をして観察中です」と応えた。
更に、手術はいつ、どこで?と訊くから、正確に年月日と病院名を応えた。

問題はこのあとだ。
一度、「血液検査をしましょう」と言い出した。
こちらは、眼科で血液検査をつい最近やったところだし、肺がん手術のアフターフォローを2ヶ月ごとにやっていて、問題ないことは分かっている。PET検査もしているのだ。
更に整形外科でチェックしなければならないような検査項目が有るのだろうか?
腰痛にガンが起因しているかも知れないと思ったのだろうか?
患者に有無を言わせない物言いであったので、仕方なく、何も言わずに従うことにした。
後で診療明細書を見たら、リュウマチ因子の検査が入っていた。
なんで今更?
とにかく患者に説明しない医者である。こんな医者は珍しい。

このクリニック、ボクには今のところ1~2週間ごとのリハビリだけでいいのだが、少なくとも2ヶ月に1回は診察を受けろと言うから、受診しているに過ぎない。
採血の結果は、次回の受診の時わかるが、2ヶ月位先になる。

2011年12月6日火曜日

白内障術前ERG

先日の採血結果を待って昨日は手術が出来るかどうかの判定診察を受けた。
予約表には術前ERG と書いてあったが、ERGとは何か?気にすることも無く受診した。
受信後に、何がERGだったのか気になったので調べてみたら、Electoro Retino Gram 網膜電図と云うらしいけど、この検査はしなかった。
要するに、この検査をするまでもなく他の検査で、手術可と判定が出たのだろう、と解釈した。

どんな検査をしたか、一応、後日の参考までに記しておく。
瞳孔開放 精密眼圧 角膜内皮細胞顕微鏡 精密眼底 スリットM
これらのうち角膜内皮細胞顕微鏡だけ今までやったことがない。
細胞数は左右とも2400~2600あり問題なし。1600以下だと手術不可だと先生の言。
血液検査結果は、すべての項目で正常範囲に入っており、こんな人は珍しいと褒められた。

次いで、手術の説明。
今まで考えたことも聞いたこともなかったのが眼球への感染のこと。
首から下なら感染しても治療はできるが、首から上、具体的には眼球と脳などは感染すると治療できないので、医師は細心の注意を払うが、患者も医師の指示にキチンと従うこと、・・と冒頭で説明。
その他、手術に伴う合併症と後発白内障危険性については予め予想された範囲内の内容である。

その他に、女医先生が強調されたことの中で印象に残ったのは、
入れる眼内レンズはやや黄色がかっていて、無色透明ではないが、これが最新のものであること、
手術時間は10分程度で行うところもあるが、自分は15~20分を掛けて慎重を期していることの2点。
このように説明されれば大方の患者は安心して先生に任せられると思うだろう。

昨日も患者が溢れるばかりの多さで、予約時間から1時間半待たされた。
同日午後の診察を受けた家内に、「ご主人を随分待たせて済みませんでした」と言われたそうだから、先生の気配りもなかなかのものである。こんなところが人気が出る理由の一端でもあろう。
次回は、手術4日前に、目薬の指し方の説明がある。

2011年12月1日木曜日

2台目のテレビを買った

2台目のテレビを買った。
正月に子供たち家族が里帰りすれば食堂の1台だけでは済まないだろうと云う判断からだ。
例によって、機種選びから設置まで、自分でやるのは趣味のうち。

居間のテレビボードにはめ込むため、サイズは最大で32インチと決めてある。機能は必要最小限でいい。
日本のメーカーであること。但し、過去に何かと期待を裏切られた製品に当たったことがあるので、ソニーは除外した。
価格ドットコムの売れ筋ランキングで上位に該当するものを絞り込んだら、東芝とパナとシャープが残ったが、高さサイズがオーバーと判った東芝を候補から外した。

電気量販店へ出かけて実物を確かめた。
シャープは画像の白が綺麗だがキツ過ぎ、パナはその点押さえ気味、ナチュラルという意味でパナに軍配を上げた。それに、パナは視野角が広いことも有効ポイント。
結局2台目もパナになった。

パナを選んだものの、外付けHDDが付けられる仕様の機種を選ぶかどうか?迷ったが、外付けHDDを付けても、所詮、ワンチュナーだから録画中は他のチャンネルは視られない・・・ということで、結局、この仕様を求めないことにした。
必要ならブルーレイレコーダーかDVDレコーダーを買い足せばいい。

機種が決まったので次は購入。
信頼度(ショップ評価と会社案内)と値段(送料、手数料込み)とを見て、アキバにあるネットショップを選んだ。初めての店。結果的に、何ら問題はなかった。
店選びには毎回、多少、緊張する。

設置してみて、古いアンテナコードがBSチャンネルの感度を下げていることが判明したので、これを太いコードに付け替えて、問題解決。

今回の唯一の誤算は新しいテレビにはモニター出力端子がないこと。
古い方のテレビにはそれがある。
そこで、置き場所を新旧入れ替えることにした。
新しいテレビを食堂に置き、既存のブルーレイレコーダーを繋いだ。
一方の古い方のテレビは居間に置いて、無用になって廃棄の運命にあるVTR(ビデオテープレコーダー)をテレビのモニター出力端子に繋ぎ込んだ。これで、アナログ程度だが、録画も出来るようになったし、古いビデオテープも視聴出来るようになった。捨てるに忍びないテープも命拾いした。

師走に入って年末商戦はこれからだから、家電の値段はもっと下がるかも知れない。
・・が、ことテレビに限っては、日本のメーカーが生産を縮小すること発表したから、これがどう影響するのか?しないのか?多分、32インチで最安値機種が3万円を切る程まで値を下げたから、左程大きく値動きはないと見た。
買ったタイミングも問題ないだろう。
まずまず、賢い買い物だったと思っている。

2011年11月27日日曜日

公民館落成

約4000万円掛けた我が自治会の公民館が落成した。
耐震強度のない旧公民館からの建替えである。
我々持ち家会員は毎月750円ずつ9年間拠金することになっている。
1世帯当たり約8万円になるから負担は大きい。終わりは平成30年だから、まだ7年残っている。
確かな筋から聞いた話では、拠金を拒否したのは1世帯だけだというから、結束力は強固だと言えよう。都会だったらこうは行くまい。


今日の完成披露には、来場者に記念品が出た。
煎りゴマが5袋入ったセット。同じ自治会員の穀物焙煎会社の製品である。
食品は誰もが使うから、役員さんたちは上手く考えたものだ。
拠金をしない借家世帯にも渡されたが、非難の声は無いようだ。
おおらかなものである。

今日も上空が騒がしいかった。
調べてみたら、岐阜基地の航空祭は、やはり今日が本番だった。
昨日は予行演習だったのか?
それにしても薄曇りだから、ブルーインパルスの白煙は全くと言っていい程目立たなかったから、
遠来の見物客にはお気の毒だった。

2011年11月26日土曜日

ブルーインパルス

10時少し前に、家内を眼科に送るべく外に出たら、我が家の上空が騒がしい。
自衛隊岐阜基地の航空祭は明日だと家内が聞いてきたのは間違いで、今日が本番だったのだ。(訂正 予行演習でした。でも翌日の本番より綺麗でしたね)
眼科の予約時間を気にしながら、ぎりぎりまで頑張って、何とか写真が撮れた。
ハートにキューピットの一矢が見事に命中。


ブルーインパルスの東松島基地は大震災の津波に飲み込まれたが、他の場所に遠征していて無事だったと聞いて喜んだものだ
今、こうして実物を見ると喜びも一入である。

今日は絶好の天気で、岐阜基地は大勢の見物客で賑わったことだろう。
飛行機は何であれ、ロマンを感じる。

2011年11月25日金曜日

耐震診断

昨日、我が家の木造住宅耐震診断士による診断を受けた。
先ず、こちらが準備した平面図(確認申請書添付図面の写)に従い、柱と壁の位置が図面通りか?を、各部屋をすべて回りながらチェックし、壁の亀裂の有無もチェックした.
次は、天井と床下を覗いて構造や金具をチックし、証拠写真をとった。
最後は、屋外に出て土台や壁のモルタルの浮き具合をチックした。
聞きとり調査と現場チェックで、都合、約1時間半を要した。

チェックした診断士曰く、結果によるデータをパソコンに打ち込んで計算しないと正確なことはいえないが、感じとしては耐震度0.4くらいでしょうと。自分の予想と言うか期待と言うか、それよりかなり悪い。
大雑把に言えば、淡路神戸大震災クラスの地震で、1.5なら大丈夫、1.0なら2階にいれば大丈夫、1.0以下なら外に逃げろと言われるから、我が家は、何が何でも外に逃げろということになるか!
耐震工事には、60万円くらいを上限に、半額補助が出るようだが、
結果がどうであれ、今のところ工事をするつもりはない。
それなのに、何故診断をうけたのかと家内に言われたが、
早い話、診断だけなら無料だからである。

今日来た診断士は、最初に、木造住宅耐震診断士と書いた有資格証を提示した。
町内に住むみ、建築設計事務所を持つ1級建築士。
7名の診断士が、申し込みのあった100件を手分けして診断して回るそうだ。
町から1件につき4万円で、7件の割り当てを貰ったという。
不況で仕事が少ない折から、良いアルバイトになるようだ。
町が今年8月に行った耐震診断PRのローラー作戦の結果が、100件程度の応募だったということだが、古い建築基準で建てた家に住むのは、我が家のような老人だけの世帯が多いのだろうから、そういう人達が「今更耐震工事をしてもねぇ・・・と」考えるのが普通なのだろう。

何事によらず、老人は余命と費用を天秤に掛けたがる

2011年11月23日水曜日

眼科医のサービス

家内が昨日、右目の白内障の手術をした。左は3月の予定。
片目ずつ、日帰りの手術というのが病院での手術と違うところか?
ボクは家内と1ヶ月遅れで手術予定が入っているから、何かと参考になる。

患者が多いので火曜と木曜の週2日間を手術日とし、手術日は休診。
昨日の火曜日、予約の9時に家内を送り届けると、玄関のシャッターは閉じており、インターホンで呼び出すと、看護師が開けてくれた。

自宅に戻って待機していると、3時間後に、登録しておいたボクのケータイに、15分後に迎えに来るようにとの看護師からの連絡あり。
クリニックに着き、インターホンで来着を伝えると、シャッターを開けてくれた。
院内に入ると、エレベーターの前に下足が4つ。患者は、エレベーターの中のスリッパに履き替えて、2階の手術室へ上がったようだ。それだけクリーン度を保とうとするのだろう。
手術を終えた家内はゴーグルを付けただけ。眼帯がないのは予想外だった。

夜8時半に先生から術後のアフターケアの電話が入った。
そして、翌日の今日、通院して先生の診察を受けた。異常なし。
祭日だから、休診日。看護師は一人もいない。先生だけで患者に対応。

女医先生一人と数名の看護師とスタッフの、このクリニック、昨日見た下足の数からすると、午前午後夫々5名以上の手術をこなしているらしい。
これだけ多くの手術をやり、アフターケアの電話を入れ、祭日も厭わない献身ぶりが、どうやら評判を読んでいるのだろう。
家内の先客は、川向こう(木曽川)の岐阜県側からの患者だった。
医者もサービス業。サービスのいいところはお客が集まる。
まだ若いのになかなかやり手の先生であるが、聞くところによれば、実家は隣市で名前の知れたメガネ屋さんだそうな。商売のコツは親譲りかも知れない。

2011年11月20日日曜日

整腸剤の効き目

屁は臭いと決まったものだが、自分の屁は臭くないと密かに自慢できていた。
もっともこんな話はブログだから書けることであって、人前で話せることではない。
だが、ここ2週間ばかりは自慢できなくなった。早い話、臭いのである。
排便は毎日あるが、1日1回でスッキリと行かなくて、日に2、3回、少しずつ出る。
その間に出る屁はいつも臭い。これではうっかり人ごみの中には行けない。
どうやら、腸内細菌叢に変調を来したらしい。

そこで買ってきたのが昔から名前の通った市販の整腸剤。
ビフィズス菌末とフェーカリス菌末とアシドフィラス菌末が入っていて、
夫々の名前の前に「コンク」の文字が書いてある。
知らない人なら、コンクって何のこっちゃ?となるだろうが、
我々化学系出身者には馴染み深い。
表示ラベルに略語で書いていいんかい?と思ったが、
書いてあるからいいのだろう。

その効能だが、見事なものだ。
昨日の朝から今日の昼まで5回飲んだが、
屁の臭さがピタッと止まった。
大手製薬会社の製品、薬嫌いのボクもさすがに脱帽だ。

このあといつまで飲み続けたらいいのか?
その辺のことは書いてないから、自分の体で実験するしかないか?
明日まで飲んで止めてみることにしよう。

2011年11月19日土曜日

捨てる

随分前のことだが、「人間死ねばゴミになる」という本が話題になったが、読んではいない。
浄土真宗あたりから相当非難があったらしいが、精神的ならいざしらず物理的、化学的にはそうなる。へぇー、そうかと思った。死というものが自分にはまだ無縁だと思っていた頃のことだ。

最近、自分がゴミになる前に、自分で溜めたゴミは自分で始末して置かなければならない、と思うようになった。
そう思って家の中を見回わすと、何とゴミの多いことか。
こりゃ、真剣にならないと始末しきれないぞ!

先日、百科事典を捨てたのは、その先陣。
今週は、折りたたみベッドとテレビを3台捨てるために奮闘した。
ベッドは可燃物を剥がして燃えるゴミへ出し、鉄は新聞チラシの資源回収業者へ持ち込んだ。
これは無料。
付いていたキャスターはスチール棚の足に再利用したが、取付金具に1,160円の出費。
これでスチール棚の移動が楽になり、老人対策になった。
テレビの持ち込みは有償。14インチは1,000円、21インチは2,000円×2台で計5,000円掛かったが、リサイクル法で定める費用よりも安い。宅配便で送れば無料で引き取る業者もいるが、荷造りの手間と送料を考えれば、これくらいは止むを得ないか。
ゴミの始末にもそれなりに費用はかかる。

畑を借りて開いた臨時の回収場所は年内の営業で、中国人のお兄さんが一人で対応している。
5,000円の領収書を請求したら、発行者名を手書きで「亜細亜貿易」と書いた。アジアと書かないから片仮名を知らないのだろう。電話も住所も無記入。
新聞チラシに書いてある日本名の会社と違うじゃないか!と言ったら、こちらが本社だと。だから漢字なんだと、変に納得。
この業界にも中国人が深く潜入しているのだろうか?
どうも胡散臭い業者だが、済んだことだから、まあいいか。

2011年11月15日火曜日

行こうか?行くまいか?整形外科

整形外科に、行こうか?行くまいか?迷った挙句に、今日は12日ぶりに行って来た。
往復、8,000歩の距離だから、行けば散歩になる。
診察なしのリハビリだけだし、医療費はたったの240円。
まさに、年寄りの散歩と暇つぶしの医者通いである。

「調子はどうですか」とマッサージのお姐さん。
「良くなった!」とボク。
未だ治りは完全ではないが、もう2ヶ月間もブロック注射なしだし、
マッサージに通う程でもないと思っている。・・・がそのことは言わない。
「教えてもらった腰痛体操のお陰です」と、ボクはお姐さんを持ち上げるのも忘れない。
「それは感心!」「体操をやって下さいと言っても、なかなかやってもらえないんですよね。」とお姐さん。お姐さんも褒め上手だ。
待合時間に読んだ本に、教えてもらったエクササイズの良し悪し例が写真入りで解説されていて、
ボクのやり方が間違っていたエクササイズが一つあった。
そのことを言ったら、お姐さんは、キチンと教えてくれた。
未だ20代前半と思しきマサージ師、小太りで、決して美人じゃないが、テキパキしていて人懐っこい。
また来るか!と思わせるものが彼女にはあるようだ。

2011年11月11日金曜日

トリプルイレブンの日はボクの記念日

今日は‘11.11.11はトリプルイレブンの日。何か珍しいイベントでもあるかと調べたが、名鉄、近鉄が記念入場券を出したことが目につくくらいで、世間的には特別な日ではなかったらしい。
だが、ボクにとっては記念日になった。
即ち、肺がんを手術して、最初の1年間を無事通過したという記念日である。

‘11.11.1のファイブワンの日に肺がん手術1年後のPET検査を行い、今日がその結果を聴く受診日。
PET画像を読影した医師が検査依頼先の呼吸器外科の主治医先生へ出した報告書、その写を貰ったが、そこには次の通り所見が書いてある。

前回検査(2010/09.02)を参照しました。
右肺上葉切除後です。
術後部位にSUVmax4.5の集積が見られます。おそらく術後性変化と思われますが、やや目立つ印象であり、経過観察をお願いします。
積極的に転移巣を疑わせる異常は見られません。
その他の異常も見られません。

主治医先生は、
「硬くなったリンパ節をはがして肺に穴が開いたので、空気漏れを塞ぐために肺と胸膜を癒着させる治療をしましたよねぇ。多分、そのせいだと思います。今は何をやるということも出来ませんので、そこに書いてある通り、経過観察するだけですねぇ」とおっしゃった。
次回からは、予定通り、3ヶ月ごとの検診になる。

本当は、何も無く順調ですねぇ、という先生の言葉が聞きたかったが、そんなに甘くなかった。
肺癌患者であることにはかわりはないということで、心せにゃならんか?
まあ、転移がなかったから、生き延びられる希望がつながったことを喜ぼう。

2011年11月7日月曜日

中学クラス会

昨日、昭和28年卒の中学クラス会に出席した。
母校近くの仕出し屋で行うのは卒業以来の伝統で、安いのが取り柄。
クラスメート47名のうち、男子は安否確認がとれた者17名のうち12名、女子は同じく12名中5名の計17名の出席だから、よく集まったといえよう。

鬼籍に入った者12名、所在不明が5名。
欠席の意思表示のあった者13名には脳卒中で寝たきりの者、歩行がままならない者、遠距離の者などいろいろ。

出席者は何はともあれお互いが出席出来るほどの健康を維持していることを喜び合ったが、
がんの手術をした者はボクを含めて2名、脳梗塞で杖をついて来た者1名、膝関節を痛めて正座ができない者1名がいるなど、ほとんどが何らかの健康問題を抱えているようだ。
連れ合いを亡くした者は3名。うち男子1名は妻の49日を済ませたばかりで、自分は脳梗塞で杖なしでは歩けない。女子2名は旦那が亡くなって年数も経っているのか、地域活動で毎日忙しいそうだ。どうやらお一人様になっても女性は強そうだ。

実は、今回のクラス会が何年ぶりなのか誰も知らない。
5年前だ、いや7年前だ、いやいや10年前だと、記憶がバラバラ。
確かなのは恩師が未だ健在だったことの記憶だけ。
ボクもその口だから他人のことはいえないが、年寄りの記憶の曖昧さはこんなものだろう。

今日、気になったので自分のパソコンのなかのデータやら写真やらを探してみた。
が、見当たらない。
データを消失させたことが有ったから、その頃かと思ったが、もしかして、未だ現役の頃かもしれないと思い直して、自分の現役時代のノート日誌を探した。
あった!平成11年10月24日 中学クラス会 会費7000円と、たった1行だけのメモが残っていた。
そうか!12年ぶりか!
おそらく次の幹事役は早めの開催を画すだろう。
お互いに残された時間は少ないのだから。

2011年11月3日木曜日

暇爺さんに秘書をつけた

ボクは、本来暇な爺さんだが、必要に迫られて秘書を付けた。

先ず、必要性のことだが、整形外科、肺がんの術後検診、インフルエンザの注射、クラス会、忘年会、等々、忘れてはいけないスケジュールに加えて、最近、家内と白内障の手術を競い合うような形になって、両者の通院日が増えたことにある。

次は、秘書だが、秘書といってもパソコンでやるスケジュール管理のソフトに過ぎない。
今まではスケジュールはカレンダーに書き入れることと、ケータイのスケジュール管理にキーインするくらいで済ませて来たが、これだと、自分から積極的にチェックしないと見逃しかねない。そんな危機感から秘書を思いついた。
フリーソフトの秘書君、パソコンにログインする度に、1週間分のスケジュールをしつっこく表示してくれる。
年を経るごとに何事によらず忘却、失念の確率が高くなる爺さんに、
こんなソフトはありがたい。

もっとも音声はでない。
もし音声が出たら、短気な爺さんのことだ、
うるさい!さっき同じことを聞いたよ!
と怒り出すかも知れない。

2011年11月1日火曜日

動物愛護法の強化だって?

今朝のニュースで見たけど、動物虐待に目に余るものがあるので、
動物愛護法を強化する話が出ているんだってか?
罰金も最高100万円まで上げるんだって。
未だ、案の段階だそうだが、猫嫌いのボクには、そりゃちょっとやり過ぎじゃないの!、と言いたい。
別に、猫をいじめる気持ちはさらさらないけど、野良猫被害に遭っている者にしてみれば、野良猫だけは許せない。
捕まえられれば捕まえて、保健所へ持って行こうかと思うくらいだ。

先日、小松菜でも植えようかと、庭を2坪くらいを耕して置いたら、
翌朝には、トイレにされてしまっていた。腹の立つこと!腹の立つこと!
野良よ!猫の額ほどだからいけないというのか!
その前にも、今年はまた冷え込みがないから大丈夫だろうと思っていたら、
車のボンネットの中を毛だらけにされたばかりだ。
エンジンをこたつ替わり使いおって、コン畜生!

野良猫に餌を与えて可愛がる人は自分が傍迷惑の原因を作っていることを知らない。
こういうことに対する罰則規程も盛り込まなければ、片手落ちだよ。
天下の悪法として名高い「生類憐の令」の二の舞にならないように願いたいものだ。

2011年10月29日土曜日

百科事典を廃品に出した

中学校生による資源ごみ回収活動に協力して、
本日、平凡社の世界大百科事典全24巻を廃品に出した。

思えば、未だ独身のころ第1巻が発刊されたもので、
結婚後も続巻が送られてくるたびに支払う代金は、
少ない給料でやり繰りする家計の結構な負担になっていたらしい。
ずっと後年になって、家内がそんなことをポロッとこぼしたことがある。
そんな苦労をして揃えた事典だから思い入れはそれなりにあって、
ネット検索で何でも調べられる時代になって無用の長物化したにも拘らず、
今日まで捨てられずにいたものである。

これで、どの位調べ物をしただろうか?
ごくごく少なかったから、全く開いたこともない巻もあったはずである。
何と馬鹿馬鹿しい物を後生大事にしていたことかと
ぽっかり穴の空いた本棚を眺めながら、我ながら呆れる思いがしないでもない。
この機に、小説など、ブックオフで売れるものは売って来ようか?
そうすれば、本棚のひとつくらいは捨てられるだろう。
これで、我が家のガラクタ整理にハズミがつけばいいのだが・・・。

写真は近所の畑で焚き火する煙。畑でならお咎めなし。
これからしばらく、各所で見られる近郊の田園風景。

2011年10月28日金曜日

給湯器の更新

本日は給湯器の更新工事。
名古屋駅近くの中村区の会社から二人の工事人が、夫々の車に載ってやって来た。
年上の方は40歳半ばで年下の方は30歳くらいか?
工事の一切は若いほうがやって、年上の方は指示や指導をするだけ。
ガスと水道のパイプと、コントローラーのコードを外して、給湯器を新旧交換し、
あとはパイプとコードを繋ぎ込むだけだから、比較的簡単な工事である。

1時間ばかり経ったところで、年上の方がいなくなった。
若い方に訊いたら、三重の松阪市のほうの工事に行ったと云う。
距離にして160kmくらいあろうか?

3時間くらい掛かった工事が終わった所で、茶飲み話。
本社は神戸にあって、名古屋はその子会社。
工事担当者は今日来た二人しかいない。
その二人で、愛知三重岐阜3県の注文をこなし、
更には、静岡、福井に行くこともあるそうだ。
リフォーム屋だから、給湯器に限らない。
他の業者に比べて圧倒的に安いから、多忙らしい。

必要な器具類はすべて、予めネットで注文させ、宅配業者に運ばせ、
工事代金も含め、支払いは銀行振込か代引で済ませておく。
現場の見積は、お客に写真を撮らせてメールで送らせる。
そのあとで工事人がやって来るという仕組み。
なかなか合理的、だから安いのだろう。
ボクもそうだったが、初めての客は、この会社に頼んで大丈夫かと思うらしい。
でも、その心配は無用だった。連絡よし、対応よし、仕上がりよし。
必要なときが来たら、リピーターになってもよい。

先の光テレビに次いで、2つ目の工事が終わった。
ボクの残りの人生でもう二度と、アンテナを立てることもないし、
給湯器を取り替えることもないだろう。

2011年10月25日火曜日

アンテナ撤去

一昨日、屋根に登ってテレビアンテナを撤去した。
我が家の二階の屋根に登るには、一階の屋根に脚立を立てれば簡単に登れる。
アンテナの支柱を支えていた針金4本は庇の先端の樋受けに括りつけてあるので、
地上から二階の大屋根にハシゴを掛けなければ外せないが、
そんな高い梯子は持ちあわせていないし、
仮に、有ったとしてもそんな高いところに登るつもりはないから、
結局、4本をクロスに結んで屋根の上に残すことにした。ステンレス製の針金だから錆びることはない。
作業は順調に行き、屋根の上はすっきりした。

大変だったのは、資源ゴミに出すための準備で、これに丸半日掛かった。
外したアンテナの分解には、支柱への留め具が錆び付いているので、
金ノコで切るしかなかったし、
長いものは60センチ以下に切り、鉄とアルミとその他のものに分別。
不要になったブースターはHard-offへ持ち込めないかと調べてみたが、
相場が0(ゼロ)円とあっては、やはりゴミに出すしか道はなし。

アンテナ撤去を業者に頼むと、コミュファなら2万円、光テレビの工事に来た下請け業者なら1万5千円、地元の電気屋なら1万円というのが相場らしいけど、
自分ですべてをやってみて、その値段のリーズナブルさが理解できた。

今日は、散歩途中で、民家の屋根にVHFアンテナが多く残っているのを見ながら、
電気屋のメシの種になるのだろうか?・・・と。
嗚呼、わが貧乏人根性なり!

2011年10月22日土曜日

光テレビ開通

昨日は光テレビの工事。
業者は、先客の工事に手間取ったので、30分遅れてやって来た。来たのは4人。
二人で一組だが、予定が遅れたので他のチームに応援を求めた由。
リーダーは30後半くらいで、あと3人は20代と見た。
チームワークよろしく、1時間半で完了させた。
聞けば、4人とも昼食抜きだそうで、お茶請けに、りんごと梨を出し、
遠慮無くどうぞと言ったら、全部平らげた。
手際がいいし、礼儀正しく、気持ちのいい若者たちだった。

天井裏にボクが取り付けた古い分配器は、やはり不適合のものだったので取り替えた。
5部屋に行っている同軸ケーブル末端の感度を測定したところ、
我が家に1台しかない、そのテレビが繋がっている末端だけ、感度が悪かった。
仕方が無いので、インラインブースターを付けようかというところまで話が行ったが、
古いテレビプラグを使っていることが原因と判明し、これを取り替えたら感度が上がった。
結局、既設の5V2C同軸ケーブルでも問題なく、ブースターの必要もなし。
工事費用は基本料金の2,150円と分配器の4,000円をあわせて6,150円也。
今日から毎月483円の光テレビ費用が発生するが、これはアンテナ更新費用と見做せばよい。
今後、テレビを増設しても追加の工事や費用の発生はなし。

今回はからずも、分配器、同軸ケーブル、テレビプラグなど、
古い規格のものでは光通信の時代に適合しなくなったことを学んだ。
技術がすすみ、ボクの自己流の電気工事も段々と通用しなくなって来たようだ。

今後、気を付けなければならないのは、∨-ONU(映像用回線終端装置)の電源をきらないこと。
うっかり切ろうものなら、韓流ドラマの留守録が出来ていないと言って、家内に叱られかねない。
呉々も、用心ご用心!

2011年10月20日木曜日

中日のリーグ優勝と監督の交代


ボクがプロ野球を初めて観戦したのが、中学1年生だった。
前の打席でホームランを打った西沢がバッターボックスに立った時、木造の内野スタンドから火が出て全焼した。大惨事になって死人も出た。
大学1年の時には中日球場でアルバイトを時々やった。
スコアボードに登って、スコア看板の取替もしたこともある。
そんなこともあって中日フアンになったのは自然の流れ。
但し、ドラキチではない。

リーグ優勝を決めた横浜線は引き分けだったから、昨夜のスワローズ戦に若手中心で勝って気分はすっきりした。
ホームグランドで今季最後の試合を終えて落合がフアンに挨拶した。
「選手が良くやった。褒めてやって下さい」と。

8年間でリーグ優勝が4回。勝ってなんぼの世界でこれだけの成績なら立派なものだよ。
中日フアンのみならず多くのプロ野球フアンがその業績を認めるところなのだが、
中日球団が早々と落合のクビを決めたのだから、フアンもクビを傾げたくなる。
クビの理由は、落合がマスコミサービスをしないから中日スポーツの売上が上がらないからだとか、監督をはじめ外様のコーチ陣の名古屋滞在費がかさむからだとか、いろいろ言われているようだが、どんな理由をつけようとも納得できるものではない。
ましてや後任が高木ときては、もう、球団が何を考えているのかわけがわからんよ。
高木は優秀な選手だったことは認めても、リーダーとしては最低だよ。
テレビやラジオの解説で、どんなファインプレーにも褒めたことがない、というのがボクの印象だ。
これでは選手はついていかないだろう。来期以降、下位低迷が決まったも同然だよ。

監督以下コーチ陣を譜代で固めて経費節減だなんて、ケチな考えでは勝負の世界で生き残れるはずがない。
落合にはチームを日本シリーズで優勝させて、アホの球団の鼻をあかせて貰いたいものだよ。

2011年10月18日火曜日

お上りさんの 東京見物 記

前々から息子夫婦から東京へ出てくるように誘われていたが、10月15日と16日の両日の木場公園での江東区民まつりの機会を捉えて、やっと重い腰を上げた。

14日は東京駅で親友の2人と久しぶりに落ち合った。
一人は年初来の前立腺ガンの治療を終えたところ、もう一人は心臓弁手術して4年目、ボクは肺がん手術をして1年経過。
3人が夫々この先の心配を抱えながらも、元気で顔を合わせられたのが嬉しかった。
来年の再会を約して別れた。

15日は、我々爺婆が久しぶりに上京したというので、近郊に住まいする嫁側の家族全員も集合して、にぎやかな会食になった。
思い起こせば、子供の頃、田舎では、米の収穫を終えたあとの鎮守の神様の秋祭りには、親類縁者が集まって、おふくろ手作りの押し寿司、いなり寿司、巻き寿司を頬張った記憶がある。
秋の祭りに親類縁者が集うのは習慣だったのかも知れない。

16日は、江東区民まつりの二日目。
初日は雨上がりで風も強く、そのせいもあってか人出は左程でもなかったが、
二日目は最高気温が30℃という暑さもかかわらず、20万人もの人出とあって、会場は満杯状態になった。


写真は、祭りの呼び物の一つ、木場の角乗。
息子の住むマンションの直ぐ前の公園の一角にある木場の角乗専用の池で行なわれた。

江戸時代から続く伝統芸は、子供から年配者まで色々な芸を披露するのだが、結構、失敗しては池に落ちた。訓練を重ねたて来たとはいえ、そこは玄人ではない地域住民の素人芸、かえって面白かった。真夏並の気温だから、水も冷たくはなかっただろう。


午後1時過ぎに、お上りさん向けにと息子が選んだ、観光コースに出かけた。
レインボーブリッジ、海ほたる、ベイブリッジ経由で、山下公園散策と中華街での夕食コースである。
湾岸線の高速に渋滞もなく、お陰で横浜が実に近かかった。
海ほたるに行って、人間はとんでもないものを作ったものだと感心、
遠くに東京スカイツリーを遠望、時代の変遷を実感した。
久方ぶりの山下公園は相変わらずの賑わい。夕まずめのベイエリアは美しかった。
初めての中華街は観光スポットに近くて、便利だが、店選びに苦労した。
飲茶セットで充分堪能出来た。
帰りは車窓から、トワイライト横浜である。美しい!

17日は新幹線に乗る前に、皇居東御苑を散策したいと言って出かけたのだが、
月曜日は閉園と分かって、急遽、日本橋界隈と人形町界隈の散策に変更。
「にんべん」の出汁(ダシ)バーで出汁を味わい、昼食は立ち食いの蕎麦屋。
小諸そばは安い割に、味は結構いけた。
人形町の甘酒横丁では甘酒を飲んだ。これは立ち飲みで、アチラコチラで売っている。
ごく普通の肉屋だと思いきや、脇から入る料理屋の入り口には一番安いもので牛めしの1890円の看板を掲げている高級店であった。別のところには「つづら」作りの小さな専門店があった。
この下町界隈、歩けば何が出てくるやら・・・。東京の下町も、また面白い。
・・が、ここでタイムアップ。14時03分発ひかりで帰名。

めったにないことだからと張り切って三日間も接待してくれた息子夫婦たち。
もさぞや疲れたことだろう。謝々!

2011年10月9日日曜日

光テレビ工事の下見

光テレビの工事の下見に業者がやって来た。
10月中の申し込みなら初期工事費19,635円のうち2,100円を支払うだけでOKというサービスを利用できるし、既設のアンテナへのケーブルを途中でカットして新しいケーブルを繋ぎ込むだけの簡単な工事で済むから、余分な費用は掛からないだろうと読んでいたのだが、どっこい、なかなかそう簡単ではないらしい。

一番の問題は屋内に張り巡らせた5C-2V規格の同軸ケーブルの経年劣化。
そんなことがあるのかと初めて知ったのだが、
長年の寒暖による膨張収縮の繰り返しで、通信性能が劣化するのだそうだ。
そのため、地デジは大丈夫だろうが、BSに通信障害が出るかも知れない、
そのためにブースターがいるかも知れないと言う。
もう一つ、10年以上前の分配器だと通信減衰が激しいそうだ。
これは、そもそも地デジやBS向けでない規格だということ。
だから、分配器を取替えなければならないかも知れない。

30年前に、自分で天井裏に潜って、各部屋に行っているケーブルを分配器に繋ぎ込んだからよく分かっている。ケーブルも分配器も、もろに該当する。
実際に工事をしてみて必要なら追加工事ということになった。
追加費用の発生である。
何故だか、ブースターはネットで買うより安いという。
確かに安く、8,820円ナリ。

工事は10月21日に決まった。
アンアナ撤去には10,000円の追加料金がかかるので、自分でやることにした。
また屋根に登ることになる。

2011年10月7日金曜日

給湯器の定価 どうなってるの?

給湯器の台所側のコントローラーがダメになったので、メーカー問い合わせた。
返事は、10年以上経っているサービス終了対象品だが、
直して直せないことはないけれど、本体や浴室のコントローラーが何時ダメになるかも知れない、だから、新品に取り替えたほうがいいですよ・・・・ときた。
尤もだ。こちらはそれを承知で問い合わせた。

次は、新しい給湯器に取り替えてもらうよう業者探し。
驚いた。何と、給湯器本体の定価の60~70%引きは当たり前で、機種によっては76%、80%引きのもある。一体、この業界はどうなっているんだ?
でも、買う側にとっては喜ばしい。

これはと思う業者のホームページから問い合わせした。
翌日の朝、電話が来て、現場を見ないと見積もれないので明日伺いますときたもんだ。
サービスがいいのか?客が少ないのか?
翌々日、まだ若い担当者が高速を使って1時間近くも掛けてきてくれた。
少し情にほだされかけたが、こちらの希望機種が高かったので丁重にお断りした。

とう云う訳で、更に安い業者の検索。
やっと見つけた、本体の定価¥207,165.-が¥64,554.-と、69%引きである。
売れ筋ではないので、これくらいなら御の字だろう。
工事費も最安値だろう。
この業者、すべてネットでの注文しか受け付けない。電話の問い合わせもダメで、
見積フォームから見積を頼んだ。
見積もりに来るかと思ったら現場の写真を送れというメールが来た。
今日はその写真を送った。
愛知岐阜三重3県で手広くやっているリフォーム屋らしい。
なかなかユニークな商売をやっているようだ。
検索に手間は掛かったが、時間を掛けただけのことはありそうで、この先が楽しみだ。

2011年10月5日水曜日

この歳でわが非常識を知る

今日は眼科医の予約日で、視力検査の日。来年4月の白内障手術までに行なわれる工程の一つ。
矯正後の視力が、左が0.9で右が1.0。
前回は左が0.4だったから手術と決まったのだが、これじゃ見えすぎるから手術を延期しましょう・・と言われるかと心配したが、「こういうこともあります、見えたり見えなかったりするんです」と言われて安心した。

女医先生から「患者さんが多くて8ヶ月待ちになっているので、手術枠を増やしました。4月の予定日を早めますか?」と言われ、「お願いします」と即答。
その結果、12月20日に左目、4月10日に右目の手術と決まった。
家内は右目を11月29日に手術と決まっているが、左目はまだ予定がない。
なんだか夫婦で白内障の競争をしているみたいだ。

意外だったのは「結構な乱視があります」と言われたこと。
この歳になるまで乱視だなんて言われたことがないからビックリ!
そのことを訴えると、「いやぁ・・乱視は誰にもありますよ」とあっさり言われた。
あとで調べてみると、これは常識らしい。
言われたことがないから無関心で来た、そのため、知る機会がなかったに過ぎない。
ついでに、近視のひとの老眼について書いてあるのが目に止まった。
近視のひとは水晶体が普段から厚くなっている事が多く、近くの物を見るのは得意な眼。従って、老眼になっても、ある程度近い距離であれば眼鏡をかけなくてもみることが出来る訳で、近眼用の眼鏡をはずして新聞を読んだりするのは、メガネをかけていると見えにくくなるから外すに過ぎない、なんだと。
なあ~ぁんだ、そうだったのか!である。
こうした常識も我が身に置き換えないからいつまでも非常識になっている。
この歳になってもそんな非常識が結構多いのだろう。

2011年10月4日火曜日

こんな田舎でも物騒なことに

日曜日の夜、わが町のとんかつ店で、閉店して店長が通用口から出たところを2人組の強盗に鉄パイプで襲われ、140万円強奪された。店長は大怪我だそうだ。
客単価1000円とすると1000人分か? どうやら数日間の売上全部だろう。
犯人は事情を知っている奴に違いない。
道路を挟んで隣には隣市のパチンコ&スロット店があるが、散々すられた挙句の突発的犯行とは思えない。
最近、守口大根畑が点在する地域では7件程の放火があったと、仄聞している。
犯人はまだ挙がっていない。
どうやらわが田舎町も物騒になってきた。
街中でならいざ知らず、こんな田舎でなぜそんな犯罪を起こすのか?
犯人は田舎だから警戒が手薄と読んだのか?

そんなことを考えながらの1万歩。
木曽川までの散歩コースに、これらの犯行現場がある。
遊歩道では、夏の名残の赤いカンナがまだまだ目立ち、芙蓉とヒガンバナはピーク過ぎてもなお盛り、見あげればオニグルミがたわわに実る。
いよいよ秋本番。
我が家のスダレも今年の役を終えさせた。

2011年10月1日土曜日

受診しても診察料を取らないケース

昨日、腰痛のリハビリと受診に整形外科へ行って来た。
リハビリを先に済ませて、予約時間を過ぎること1時間、やっと診察室に呼び込まれた。
医師の「どうですか?」の問に、「痛みは無くなりましたが、長時間パソコンに向かったあとは違和感があるので、いつぶり返すか心配ですが、1万歩は問題なく歩けます」と応えて、医師の反応を待った。
こちらには、出来れば注射を回避したい気持ちがある。
幸い、医師は「それじゃ、注射をしないで様子をみましょうか」と言ってくれた。
つかさず「実は、前回の注射があまりにも痛かったので、今日は先生から注射の尻込めを言われても、尻込みしたい気分だったんです」と冗談を申し上げた。通じたのかな?にこやかだったから通じたのだろう。
経過をみるので1ヶ月後くらいにまた受診するように言われて、放免になった。

会計はリハビリ料の240円 だけ。
コンサルティング(診察)料なし。
へぇー、こういうこともありなんだ。
患者側は治療なし、診断なしだから、当然と言えば当然かも知れないが、
医師側にすれば貴重な時間を費やして無料なんて、割りが合わないだろうなぁ?
例えば、電機製品の出張修理を頼むと、直るのか直らないのか分からないのに出張費を取られる。それに比べりゃ随分良心的だよ、これは。


今日から衣替え。
カーペットを庭で干していたら、ほのかな香りが ~ ~ ~。
キンモクセイの開花である。

2011年9月28日水曜日

ノートPCのOSがクラッシュした

もっぱら家内が使っているノートPCのOSが、先日、クラッシュした。
バッテリーが経年劣化して干上がりかけたPCだから、電源コードを繋いで使っているのだが、
PCの立ち上げ途中にコードが抜けたのを知らずにいて、電源切れを起こしたのが原因。
セーフモードで修復を図ったがどうしても救いがたし。最後に残ったのが購入時の状態に戻す方法だけ。結局、数年前に購入した時の状態に戻った。
外付けストレージも付けてなかったから、すべてのデータを失くした。
家内のデータはメールくらいのものだが、無くなっても大した事ではないと本人は云う。
そう言われれば、あとは気楽なもので、ゆっくりチューニング作業に入った。

数日掛けて、今日やっと何とか元の状態に戻ったようだ
めったにやる作業ばかりだから戸惑うことが多かった。
そんな中から、主なものを書き出して置く。

先ず必要なのがウィルスソフト。
今までフリーソフトのavastを使ってきたが、折角の機会だから何か他に良いソフトがないかと思って、クチコミを頼りに探しだしたのがcomodo 。ファイアウォールも一緒にダウンロード出来るという。早速入れてみた。
日本語バッチを入れるには本体のダウンロードとは別に、事前に、プラグをダウロードして置き、本体をダウンロードしたあとプラグインしなければならないから厄介だった。
OS付属のファイヤウォールが自動的に働いていて、ファイヤウォールがダブるので、これを停止した。
このソフト、日本語化されていて見かけは良さそうだが、どうやら上級者向けらしくて設定がよくわからない所がある。
そんなこともあって色々な口コミを読んでいくうちに、中国製ソフトだと知った。
それにIME日本語入力と相性が悪いらしい。
そう言われてみると、確かに日本語入力がどうも上手くいかない。
さてはこのせいだったかか!?と、何となく納得。
まさかと思うが、セキュリティソフトから個人のデータが盗まれるかも?・・・なんて冗談を云う人もいれば、最高の評価を付ける人もいる。評価がバラバラだ。
そんなこともあって嫌気が差した。
結局、avastに入れ替え、OS付属のファイヤウォールをONにした。

次は、vistaのヴァージョンアップ。
google日本語入力ソフトをダウロードしたら、対象OSでないと蹴られた。
そんなバカな?と思い、調べてやっと納得。
数年の間にvistaはpack 2 にまでアップデートされていたが、サービス期間終了のため自動でアップデートされないのだ。止む無く、スタンドアロンでpack2をダウロードしてインストールした。

WebブラウザーはIE9に更新した。Chrome にするかFire Foxにするかの選択肢もあるが、これはあとでゆっくり比較すればよい。

google バーも入れた。検索履歴の表示機能があるからありがたい。
google 日本語入力も無事インストール出来た。慣れたせいかIMEよりなんぼか使い勝手が良い。

必需道具の圧縮解凍ソフトは、数ある中からLhaplusを選んだ。
これはcomodoのプラグインに差し当たり必要だったから、真っ先にダウロード済み。

あとはお好みの小道具ソフト入れ込むだけ。
取り敢えず、便利道具ではweb画面が簡単にコピー出来る「紙copi Lite」と、写真のリサイズ用に「縮小専用」をダウロードした。
この他にも小道具のフリーソフトはいろいろあるが、使うたびにダウロードすればいい。

毎度のことながら日常的でないパソコントラブルの解決には時間が掛かる。
それでも何とか自分で解決できるのは、メインに使っているもう1台のデスクトップがあるからだ。
大抵の事はネット検索で調べられるが、1台だけでは、故障したら検索もできないからお手上げになる。

この度の大いなる反省点は、外部ストレージを用意して、日頃からきちんとデータを保存しておくべきだったこと。少し投資をするか?

兎にも角にも、今回は随分と手間が掛かったが、お陰で頭の体操にはなったかも知れない。

2011年9月27日火曜日

守口大根の作付け準備始まる

木曽川近くに広がる守口大根畑で種まき前の深耕作業が始まった。
ある畑の端に咲く八重のコスモスを撮っていたら、バアさんに「ご苦労さん」と声を掛けられた。
昨日の剪定屋のバアさんと違って、今日のバアさんは愛想がいい。
「こうして植えておけば、季節になれば咲いてくれるから心が和むでよう!」・・と、
自分が植えた花を愛でるご仁がいるのを見て、嬉しくなったようだ。

爺さんが一人で、深耕機で耕しているのを眺めながらの立ち話。
畑の広さは500坪。サラリーマンを退職してから主人と二人で面倒を見ているという。
それまでは、先代の爺さんが亡くなってから、婆さんと自分との、女手二人で面倒を見てきたと。年格好からみて、夫婦でやりだしてから20年も経とうか?
今が幸せ!・・と、言っているバアさんの幸せな表情を見た。

守口大根の栽培組合に入っていて、栽培の権利を持っており、
作付け面積は組合の方から指示が来る。
毎年、漬物メーカーとの契約量によって各農家に割り当が決まるから、多少増減する。
種子は、組合指定の採種畑で各農家が自分で栽培し、組合の品評会に出して合格したものしか使えない・・・等々を聴き出した。

近年、耕作の人手がいなくなって農産会社に農地を委託したと思われる耕作地が増えているように見える。そんな時代の中で、老夫婦だけで頑張る農家は貴重な存在になっていくのだろうか?

写真は、守口大根とは別種の大根畑

2011年9月26日月曜日

無粋なナンキンハゼの剪定

散歩途中で、バッサリと剪定されたナンキンハゼに出くわした。
コイン洗車場に大きな木が3本植わっていて毎年綺麗な紅葉を見せてくれていたから、
何で、今なの?・・・と率直な疑問が湧いた。

今年は紅葉が見られないのかと内心がっかりしながら通りすぎようとしたら、
剪定の後片付けに、わずかに落ちている葉っぱを拾い集めているバアさんが居た。
近づいて、「これナンキンハゼだよね?もう剪定する時期ですか?」と訊ねた。
「うん、そうだよ。今、切っても大丈夫だ。」と、バアさんはそっけない。
「そうなんだ。今年は綺麗な紅葉が見られなくて残念だねぇ!」と、こちらは半ば捨て台詞。

確かに、ナンキンハゼは丈夫な木のようだから、手荒な剪定でも問題いないようではある。
洗車場のオーナーが、紅葉が落ち葉になってからより、今のうちに切ったほうが手間が省けると思ったのか?
それとも、先の台風が外れて、儲けそこねた剪定業者が、自分の都合で今切ることを勧めたか?
綺麗な紅葉を愛でる人や、実のなるのを楽しみにしている鳥たちがいることを、全くわかっちゃいない、無粋な人間どもがいることよ。

2011年9月24日土曜日

VHFアンテナ撤去に屋根に登った


7月24日にVHF放送が中止になってから気になっていたのがVHFアンテナ。
無用なものをいつまでも掲げているのは如何なものかと思っていたが、連日の暑さ続きで屋根に登るチャンスも無かった。今日、やっとそのチャンスがやって来た。
今日の10時、無風快晴、Tシャツ1枚でも快適な気温を見計らって、作業に取り掛かった。それでも南側の瓦は素足では焼けるように暑かったが、撤去は午前中で完了した。

ネジというネジがすべてサビつき、CRCを吹きかけたくらいではビクともしなかったので苦労した。近くのアパートに入っているペンキ屋の爺さんが、「よく屋根に登れるねぇ。感心だよ」と声を掛けて来て、「錆び付いているだろうから、これを使いなよ!」と、番線カッターを差し出してくれたが、それでもダメだからと言って丁重にお断りした。
結局、取り付け金具を金ノコで切り落としたが、30年間風雨にさらされて来たのだから錆び付きは想定内のこと。

実は、屋根に登ったのには、もう一つの理由がある。
それは、アンテナを止めて、光テレビに切り替えるべきかどうか?を判断すること。
足腰が弱くなって屋根に登れなくなる時がやがて来るだろう。そうなってから、
アンテナを更新するのと、今、光テレビにしたのではどちらが得か?
結論は光テレビに切り替えること。

現場である屋根に登って、現物である古いアンテナを診て耐用年数を想定し、老後の身体的機能低下や費用対効果などを現実的に考えた結果、そうなった。
爺さんになってもなお、三現主義を実践中だよ。

2011年9月22日木曜日

台風一過 秋の風


台風一過、涼しい風に誘われて木曽川まで散歩に出た。
濁流は水かさを下げたが、岸辺にゴミを残した。
あゆ釣り監視小屋は立木のお陰で流失を免れたが、半分潰れた。
以前も同じ光景を晒したことがあった。懲りない面々の顔が浮かぶ。
テニスコートは泥で埋まったまま。ボランティアがまた汗をかくことになるだろう。


そう言えば、新聞に名古屋市の避難勧告のことが書いてあった。
名古屋市の人口200万人に対して避難勧告対象者が109万人。市民二人に一人の割で避難勧告を出したことになる。これに対して避難所の収容能力が25万人、避難者は4800人だけ。勧告対象の0.4%に過ぎない・・と。
お役所の事なかれ主義と云うか?あとでケチを付けられないためと云うか?お役所仕事はこんなものか?
翻って、いざというときの我が家の避難場所は近くの小学校に指定されているが、狭い路地ほどの道を抜けて行くよりは、もっと安全な体育館が等距離にある。だから、内心では、こちらに決めている。


そんなことを考えながら1万歩を歩いた。
暑さ寒さは彼岸までとはよく言ったもので、今日から気候がころっと変わった感じ。
彼岸花も彼岸を忘れず律儀に咲いているが、秋の野には、はやはりコスモスがお似合いのようだ。

2011年9月21日水曜日

水害に強くて住宅用地価が安い穴場 =わが町

昨日は、停滞する秋雨前線に15号台風から伸びた雨雲が重なって、愛知岐阜の一部に豪雨をもたらし、そして、庄内川が氾濫した。
報道によれば、高速道路も鉄道も各所で止まり、名古屋市内の庄内川と天白川流域で、最大で8万人に避難指示、109万人に避難勧告が出たそうだ。

2000年9月の東海豪雨では庄内川と並行する小さな川の新川が決壊し、名古屋市南部の天白川も氾濫したが、今回はどちらも溢れなかった。
庄内川の氾濫は、下流で水位が上がっていたところに、多治見辺りで降った雨水が一気に下って来たので、持ちこたえられなかったからのようだ。
岐阜県多治見で400㍉、名古屋市で200㍉を越えて降ったという。
自宅近くではたかが知れていて、昨日、夕方暗くなってから見た洪水貯水池には充分の余裕があった。

豪雨というのはどこで降るか分からないから厄介だ。

はなし替わって、昨日国交省が発表した基準地価について。
住宅地の値上がり率のトップは名古屋市内の緑区徳重地区だという。
かっては名古屋の僻地だった所に地下鉄が伸びてきたのが高騰の原因。
こちらは、山の手だから水害の心配もない。
わがまちの地価はどうか?
名古屋から20㎞圏、電車で30分の駅周辺1㎞範囲でさえ、68千円/㎡の安さである。
同じ20㎞内で、これより安い所は名古屋市西部の近郊にあるが、どこも海抜ゼロメートルで、河川の氾濫、大津波の心配な地帯にある。
水害の心配がなく、鉄道の便が良くて、物価が安くて、不便さを感じない、この田舎町が、なぜこんなに安いんだ?と毎年思う。
市街化調整区域が多くて売買物件が少ないから、取引実態が反映されていないからなのかなぁ?・・と思ったりもするが、よく分からない。
兎に角、穴場であることは間違い無いと思う。

水害からはじめた話はどうやらわが町の自慢で落ち着いたようだ。

15号は14時頃浜松に上陸した。

2011年9月19日月曜日

NHK宇宙の渚を見た


昨夜はNHKが久しぶりにいい番組を見せてくれた。
「NHKスペシャル 宇宙の渚」
おそらくテレビ画面に釘付けされた視聴者が多かっただろう。

国際宇宙ステーションにいる宇宙飛行士古川さんとNHKスタジオを結んでの生中継は、
宇宙ステーションの展望室というべきキューポラから、NHKが開発した衛星用超感度カメラで捉えた映像を映し出した。
鮮明な画像もさることながら生中継も世界初めて。
地球上空400㌔メートルからイカ釣り船の集魚灯が1艘ごとに解かるほどの鮮明さである。う~ん、こりゃすごい!

既に収録されていた3大スペクタクル映像も凄い!
オーロラが地球の極を取り囲む大きなリング状に現れて光る様子を、
流れ星は地球に吸い込まれる様子を、
そしてスプライトを捉えた様子を、
それぞれ紹介した。 

スプライト?それ何だ?と思っていたけど、雷雲が光ると同時に時として現れる発光現象で、
上空100㌔メートル辺りに現れるというものだった。カメラが捉えたのも世界初だと。
雷光の青白い光と異なり、赤い光が垂直方向に伸び、いろいろな形に広がるものもあった。

上空100㌔メートルの層が地球をベールのように包み込み、宇宙との境界を形作る。
NHKがこれを「宇宙の渚」と命名したようだ。
月没の月が渚に溶けこむように沈んだ幻想的なシーンもよかった。

来年4月から宇宙の渚シリーズを放映予定だというから、それまでにどんな新しい映像が加わるやら、この先の楽しみが増えた。長生きはしてみるものだよ。

一部の映像はhttp://www.nhk.or.jp/space/nagisa/ でも見られる。
という訳で、今日の写真は地上のコスモス(宇宙)だよ。

2011年9月17日土曜日

身障者マークを付けるニセ身障者


先日高速道路を年がいもなく突っ走った反省から、
これからは高齢運転者マークを付けて、無謀運転を自制しようという思いに至った。
今まで高齢運転者マークを敬遠してきたのは、多分に「俺はまだ 若いんだ」という意識だった。
しかし、いくら若いつもりでいても、あと1年で高齢運転者マークを付けないといけなくなる。
付けないと2万円の罰金になる、という訳だから、ここが年貢の納めどころだよ。

さて、高齢運転者マークである。
百均に吸盤式のものがあったので、一つ買ってきた。
今まで気に止めていなかったが、すぐ隣には身障者のクローバーマークと車椅子マークもあった。
実は、ネット検索で知ったことだが、世の中には身障者でもないのにクローバーマークを付けている車がいるらしい。
百均でさえ売っているところを見ると、こういう偽身障者が世の中に相当いるのだろう。
そういう連中の目的は推して知るべし。
そうと知ったからにゃぁ、スーパーなどで身障者用駐車スペースの満車を見るたび、本当にそうなの?と疑問が湧き、あぶれた身障者の嘆き節が聞こえるかも知れない。

その点、偽老人なんてサマにならないから、老人マークは平和なものよ。
大手を振って老人らしく走ろうじゃないか。

2011年9月15日木曜日

自動車関連末端工場の操業停止


我が家の南側向こう3軒目に倉庫が有って、数日前から盛んに金属音を響かせていた。
今日その前を通りかかったので、何気なく覗きこんだら、解体業者が内部の鉄骨を撤去しており、
既に殆どガランドーになっていた。
カーシートの縫製をしていたこの有限会社、ついに立ちいかなくなったとみえる。
何年か前には、ハローワークに求人を出し、7~8人の中国人を雇って不足を補っていたこともあったが、東日本大震災以降、操業日より休業日が多くなり、こりゃ~ぁ時間の問題だろうと読んでいたのがその通りになった。
大震災から半年、よくここまで持ちこたえたと言うべきかも知れない。
企業はこうした末端の弱いところから潰れて行き、幹は何とか生き延びる。

まあしかし、住宅地域の細い道路に大型車が入り込んできて近所迷惑になっていたから、操業停止を我々住民は大歓迎である。
地域の地所持ちが所有し、建物管理会社に丸投げしているこの倉庫、
やがてはまた別の何かが入るのだろうが、大型車だけはお断りだよ。

2011年9月13日火曜日

月とスッポン


昨日、夕暮れ時、外の面にぽっかり浮かぶ月を見た。
そうだ、今日は仲秋だよ!

結構雲も多かったから、名月も出たり入ったりしていた。
かえって風情が増したかも。

今年の仲秋の名月の撮影スポットの代表格は陸前高田の一本松だったようだ。
大津波でただ一本だけ残った健気な松のうしろに登る名月。
この写真を載っけたのは、ちょっと調べただけで、日経、朝日、毎日、中日、岩手日報・・・。
アングルが同じで撮影者が異なるから、記者諸君は事前に調査し場所決めしていたのだろうか?
ボクの写真とは月とスッポンだよ。

ボクも一句と考えたものの、所詮は付け焼刃では如何ともしがたい。
芭蕉をもじって、

   名月や 頭ひねって 夜もすがら 

・・・なんて言うのが関の山だよ。
これって、川柳だよね?

2011年9月11日日曜日

孫の敬老会

先週金曜日に、磐田にいる孫の保育園の敬老会に行って来た。


まずは、ジジババ側のハプニングから。
孫の家には催し開始の2時間半前に到着する予定で、小牧から東名に乗って、80km/hでゆっくり走っていたのだが、豊田ICを通過したところで、家内が忘れ物をしたと言い出した。
忘れ物は貴重品が入った紙袋であり、家のガレージの目立つところに置いてきたと言うのである。そう聞いては引き返えさざるを得ない。
時計と距離メーターを見て、引き返しても何とか催し時間に間に合いそうだととっさに判断、次の岡崎ICまで行って折り返した。
自宅に戻ったら、忘れ物も無事に残っていたから、ヤレヤレ。積み込んで再スタートである。
これ以降、高速道路区間は飛ばしに飛ばした。
若い時ならいざしらず、爺さんが出すようなスピードではない。四つ葉マークをつけていたら、この爺さん、気が狂ったかと思われかねないような猛スピードだったと言っておこう。
覆面パトがいなかったのか、捕まらなかったのは幸いだった。
2時間ロスしたものの、催し開始の20分前に保育園に無事到着することも出来た。
だがしかし、こんなスピード走行は、もう二度とご免である。


敬老会と言っても大したことをやる訳ではない。
日頃やってる遊戯や歌をジジババの前でやるだけのこと。
それでも幼児たちは結構緊張していたようで、普段できることも失敗する子もいる。
ジジババも子供の思わぬ動きに笑いを誘われ、歓声が上げ、上手く出来れば盛んに拍手を送った。
お遊戯観賞のあと、先生たち手作りのきな粉餅のおやつを子供たちと一緒に頂き、最後に子供たちが作ったクッキーを一つづつプレゼントされてお開きとなった。


とんだハプニングでバタバタしたが、結果良ければすべてよし。
孫の成長に顔をほころばせ、それだけで満足した敬老会。
何ものにも勝る孫からのプレゼントになった。
先生たちもお疲れ様。

2011年9月5日月曜日

地図で距離を測る

台風12号がノロノロ進んだために、紀伊半島を中心に記録的大雨を降らせ、各地に甚大な災害をもたらした。
当地でも今日まで曇り空に時折雨が降る状態がずっと続いた。
こういう時は、どうしてもパソコンに向かう時間が長くなって、折角痛みがとれた腰も、また痛み出すのではないかと心配になってくる。
だから、室内でサイドステッパーを熱心に踏む訳なのだが、ただ踏んでいるだけでは味気ないから、今日はどのコースにしようかなあ?・・・なんて、想像の中でコースを歩いているのである。
だが、歩数から、そこに有るであろうランドマークを正確にイメージすることはなかなか難しい。普段からランドマークまでの距離を把握していないからである。
そこで思いついたのが、コース途中のランドマーク間の距離を地図上で測って表にまとみるというもの。
以上が前置き。以下が本題。

地図上で距離を測ることはgoogleマップでも出来るし、その他にもいろいろ有るようだが、試してみて一番使いやすかったのが 「みんなの知識 ちょっと便利帳」。
http://www.benricho.org/map_distance/#
これはブラウザーとしてFirefoxを使うように推奨しているが、Windows IEでも、エラーは出るものの、ちょっと使う分には支障にならなかった。
修正も直ぐ出来た。
画像は皇居一周を計測したもの。5㌔㍍弱と判明。以外に短い。
これはお薦めサイトである。
但し、計測した画像を簡単にコピーできなかったのが難点。
ボクは他のソフトを使ってコピーした。
パソコンはこういう発見があるから楽しい。
勿論、サイドステッパーを踏みながら、コース途中のランドマークもしっかりイメージ出来るようになった。

2011年9月4日日曜日

二百十日という言葉

二百十日という言葉が最近聞かれなくなったと言うNさんのブログを先日読んだ直後だったこともあって、今日の中日新聞のコラム欄中日春秋に目が止まった。
江戸時代の天文方の渋川春海が1684年の貞享暦を編んだ際、初めて雑節として採用したと言われるが、それより前に全国に普及していた民間の伊勢暦には1656年から記載されているそうだから、元々は伊勢の船乗りたちの経験から凶日(きょうじつ)としていたものが、官暦にも採用されていたのかも知れない・・・と書いている。

二百十日は、新暦では平年は9月1日、閏年なら8月31日、立春の変動によって9月2日になる年もあるが、ボクらが子供の頃は、勿論、旧暦で数えられていた。
中学生の時には、田植えや稲刈り時期になると農家の友達は手伝いのために学校を休んでも出席扱いになったような時代のことだから、いろいろの行事も二百十日、二百二十日を避けて計画されていたように記憶している。

二百二十日も無事すぎて稲もたわわに実る頃、9月26日(新暦)が村の鎮守の秋祭りであった。
その秋祭りについては、小学6年生の9月18日におふくろが亡くなって、子供獅子に参加で出来なくなって悲しんだ思い出が蘇る。
こういう思い出も二百十日という言葉があったればこそ。
日本固有の季節感を表現する言葉だけに、いつまでも残っていって欲しいと思う。

2011年9月2日金曜日

先生に申し上げる言葉じゃなかったなぁ!


台風12号は、20時現在、室戸岬の南150kmを北北西に進んでいる。
これから進路に当たる地方の人々には申し訳ないが、伊勢湾台風コースの心配がなくなってホッとした。
お陰で、病院での検診も無事終えて帰宅出来た。
X線検査と採血の結果に異常なし。
次回、11月1日に術後1年目の検査をPET検査で行うということで、予約して来た。
PET装置も1台増えて2台になって、順番待ちも左程長くないそうだ。

台風の影響でか? 今日は患者が少なかった。
これ幸いと、先生に無駄話をぶつけた。
「国立がん研センターによる全国がん診療連携拠点病院の2009年度の治療データの発表以来、患者が集中していませんか?」 と。
「増えていますね」「手術が週8件あります」「だからと言って、人を増やしてもらえませんしねぇ」とだけ言われた。
大雑把に計算して、年間300件を越えるだろうか?
ボクが手術してもらった昨年10月は週5件と聞き及んでいたから、その増えかたは推して知るべし。
これだけの手術を若手医師3人とでこなしている先生の多忙さは超人的と思える。
患者への献身ぶりに頭が下がる。
「先生に倒れられると大変だから、先生もお体を大事にして下さい」と申し上げて、引き上げた。
あとで思い返して、患者が医者に言う言葉じゃなかったなぁ・・・と、一人で赤面。(^^;;)冷アセ

2011年8月31日水曜日

台風12号 伊勢湾台風コースが怖い


米軍の台風情報、今日の11時発表の進路予想図で見ると、
日本の上陸地点が昨日より西にずれて、予想中心線が紀伊水道に向かって伸びている。
上陸は9月2日の夜半と読める。
これがまた東にずれて潮岬をかすめて北北東に進もうものならば、
52年まえの伊勢湾台風と同じになる。
そう思ったら、あの時の悪夢がよぎった。

明後日の9月2日は2ヶ月ごとの術後観察検診日だが、
帰りの電車が止まるくらいのタイミングになりそうなので、
それが今のところ一番の心配。

今日の夕暮れまでには、スダレと遮光ネットの撤去と雨戸の点検をし、カレージ屋根をロープで固定して、我が家の台風対策を完了しておこう。

2011年8月30日火曜日

コップの中の争い 

民主党の代表選挙が終わった。
元はといえばコップの中の争いだが、民主党の国会議員だけで選んでおいて、
あとは自動的に総理大臣になるのだから、我々国民も無関心ではいられない。
まあ、馬鹿の派閥に属する海江田が悪(ワル)に尻尾を振ったところで、一番勝たせたくないヤツだと決まったが、決戦投票で負けたのでヤレヤレだ。
あとは誰でもよかったのだが、野田に決まって、今のところ一番クセがないから、何となくホットするところはある。
その野田がノーサイドにしましょうと言ったが、ことが収まるとは思えない。
悪(ワル)の一統と袖を分かつくらいの決意を望みたいのだから、さもなければ、速やかに解散総選挙で国民の審判を仰ぐべきだよ。


一昨日、庭先の芝とブロックの間で見つけた羽化前のセミ。
アリに集られてもがいていたので木の幹に戻してやったが、
昨日の朝、地面に落ちてアリの餌食となっていた。
選挙で負けたヤツ等よりも、長年の苦労が実らなかったこちらの方が、よっぽど哀れだよ。

2011年8月28日日曜日

日曜日のバナナ買いはボクの役目


日曜日にボクがやらねばならぬ仕事はバナナ買い。
自転車で10分のところのスーパーが開店する8時半ジャストを狙って、駆けつける。
1カット198円の売り出しバナナは先着100カットかぎり。
毎回20人くらいの行列のあとに並ぶが、ドアが開いて真っ先にバナナ売り場に進むのが、彼らの半数はいるか?同類人種はどこにもいる。
1カットで10数本以上あるから、我が家の二人の1週間分の朝食用バナナが確保出来る。

バナナの他には、300グラム1パック18円の豆腐、1袋18円の白玉うどんも買う。
こちらは1日じゅう売っているから急ぐ必要はないが、来たついでに買う。
148円の牛乳も買うことがあるが、これはもっと安い店があるから買うなと家内から指示が出ている。
以上をかごに入れてレジに向かえば、大体は1番客になる。儲からない客だが、他のお客はゆっくり大量に買うだろうから、そちらで儲けてもらいたい。

トーストにジャム、カスピ海ヨーグルトとバナナ、これに数カ月前から緩下剤代わりのドライプルーンが加わり、飲み物はカフェオレ。
これがボクの朝食メニュー。もう10数年来変わっていない。
常用するような医薬品、補助食品の類は一切なし。
肺がんだけは余分だったが、腰痛以外に、体調に問題なし。
健診結果にも問題なし。

74才初めての今日の日曜日、いつもと変わらぬ日曜日である。

2011年8月27日土曜日

阿呆とルビがふられて名を残す

テレビに顔が出るたびに、ボクが心密かに悪罵する5人の人物がいる。
悪(ワル)、馬鹿、阿呆(アホ)、タワケ、クソダワケ。
前3人は政治家だといえばおおよそ見当がつこうというもの。
あとの二人、地方自治体の首長と言えばこれも見当がつこうが、クソダワケは名古屋の品格を貶め続け、タワケはそれに悪乗りしていると言えば、自ずと誰だか解かる。


そのうちの一人の阿呆が昨日やっと退陣を表明した。
誰も評価してくれないから本人自ら「名前が歴史に残るだろう」と言った。
阿呆の面目躍如である。名前が残っても阿呆(アホ)とルビがふられるだろう。

後継選びでは悪(ワル)が隠然と構えながら、裏で悪さを繰り返えす。
大風呂敷に過ぎないことが判明したにもかかわらず、マニフェストに戻れと叫んで、裏権力を振りかざす。馬鹿もそこへ首を突っ込む。
だらしのない政権政党に代わって期待されるはずの野党だが、その存在感はなんと薄いことよ!
やはり日本は沈没するしかないのか?

2011年8月26日金曜日

痛かった仙骨ブロック注射


1ヶ月ぶりの今日の仙骨ブロック注射は、本当に飛び上がるくらい痛かった。
こんなに痛い注射は生まれてはじめ。下手としか言い様がない。

2番の中待合に呼び込まれた時から嫌な予感がしたが、見事に的中だ。
院長は1番診察室で2番診察室は若い医師の担当と決まっている。
初めて見る若い医師。患者との対応は自信に満ちているようだ。
「どうですか?」と様子を訊くから、「良くなりました」と応えたら、
「今日も注射をしておきましょう。再発予防にもなりますから。しばらく1ヶ月ごとに注射をしに来て下さい」と否応なしに言われてしまった。
最近腰の調子が良くなったから、今日の注射は逃げ腰だったんだけどねぇ!

ベッドにうつ伏せに寝転び、パンツを下げて尻を出し、更に下腹部に枕を宛てがわれた格好は、
まさしく屁っ放り(へっぴり)腰。
尻に痛ぁ~い注射を一発食らって、尻に帆掛けて逃げ出した。
送り出した看護師に、「今日の注射は痛かった!」と訴えたら、
「そりゃ~ァ、今日のはよく効くことでしょう」だって!

今日で通院を終えようか思っていたのだが、
リハビリのお姐さんからも、
「良くなったからと言って、急にリハビリは止めないほうがいいよ」と言われたから、
まだしばらく通院することにしよう。

2011年8月23日火曜日

8.23 集中豪雨


今朝7時のNHKニュースのトップに我が町名が出た。
今朝の集中豪雨で床上浸水被害が出た地域の市町名である。
昨夜は寝入りばなを雷鳴と風雨の音で起こされた。
風雨はさておき、長時間にわたる雷光と雷鳴の多さは過去に経験したかどうか?くらいの物凄さ。停滞前線が北に上がったところへ南から暑い気流が流れ込んだためらしい。

今朝、起きがけに我が家の被害をチェックしたが、玄関タイルの上に砂が溜まっていた以外に被害らしいものはなかった。砂は、屋根樋から雨水が溢れ落ちて地面の砂をえぐった痕跡である。

豪雨がどんなものだったか?
50㍍先の洪水調整池を見に行ったら、池が完全に没した証拠を周りの金網フェンスに残していた。ポンプ小屋のポンプも水に浸かった跡がある。調整池が出来てから10年も経とうか?ここまで水位が上がったのは初めてであり、当然、想定外だろう。

東日本大震災と比べるべきものではないが、時として襲う想定外の自然の猛威は、案外、身近なところにもあると言えよう。

2011年8月21日日曜日

自転車の修理


昨日から最高気温が30℃を切るようになった。
前線が太平洋沿岸に沿って停滞しているためなのだが、従って、天気は雨が降ったり曇ったりしている。
お陰で、体は元気を取り戻した。
ジッとしているのが勿体ないので、自転車の速度シフト用ワイヤーを取り替えることにした。
ボロボロになったワイヤーの取替は自転車屋へ行けば済むことだが、
暇はあるので、当然、自分で修理だ。

ブレーキ用ワイヤーとシフト用ワイヤーは別物だということは意外だった。
こういうことがあるから、事前にネットで調べることは必須だ。
マニア向けにピンからキリまでいろいろ有って、どれがどうだか判らない。
結局、アイテム探しに結構時間が掛かった。

いざ現物を漁りにホームセンターへ。
ところが意外に置いていない。
特にインナーワイヤーは有っても、アウターワイヤーがない。
やっと3店目のイオンの中の自転車屋で見つけた。
インナー、アウター合わせて796円也。

作業で少し手こずったのがアウターのカット。
適当な長さにカットするのだがカッターがないので金ノコで切った。
インナーにグリースを塗りながらアウターに挿入。
インナーが最適のテンションを保つようネジで固定して、終わり。

雨ざらしで赤サビが浮いているポンコツの6段変速のシティ・チャリである。
既に、タイヤとチューブ、ペダルも1回更新して、一応、それなりに手入れしてある。
これまで8年以上乗っただろうか?これで、更に数年は乗れそうである。

2011年8月19日金曜日

久しぶりの木曽川ベリ

お盆休みに来ていた孫娘たちが昨日帰って行ったので、
今日から平穏に戻った。

北から南へ前線が通過し、朝から雨で気温も下がって、
昨日まで続いた猛暑からほんの一時、解放されたものの、
11時ころからまた照りだして暑さがぶり返した。

雨上がりの一時の涼しさに誘われて、久しぶりに木曽川べりへ自転車で出かけた。


陽が差すと、待ってましたとばかりにクマゼミの合唱。
林間の木漏れ日にエノキの幹の苔が映えた。
見渡すかぎり川底を見せずに滔々と流れる木曽川の臭いを風が運んだ。

芙蓉並木に名残のピンクが一つ。

その下にオハグロトンボのツガイが舞う。
オニヤンマはカメラに収まらず、
コンデジではミズヒキの花にはピンが来ない。

3ヶ月ぶりの木曽川べりでしばし遊んだ。

2011年8月8日月曜日

腰痛体操を行う(ウィリアムズか?マッケンンジーか?)

整形外科の院長先生が打って呉れた仙骨注射をきっかけに、この2週間で腰痛が著しく改善した。
腰痛の治療は、他所のことは知らないが、今のかかりつけの整形外科では注射の他にリハビリをやってもらうだけ。これを保存治療というらしい。そのことは本などで調べて分かった。それ以上の改善を求めるためには、自分で体を鍛えるしかないというのが常識らしい。
リハビリのお姐さんからエクササイズのコピーを貰って来て、これを参考にしながら、とにかく自己流で腰痛体操を続けている。

その後の調べで、腰痛体操の流儀は2つに大別できるらしいことが分かった。
100年以上も前に開発されたウィリアムズ体操と、60年前に開発され日本で数年前からやっと知られるようになったマッケンジーエクササイズ。
前者は腰の屈曲(前に折る)を重視し、後者は腰の伸展(後にそらす)を重視する。
両者はお互いに真逆のエクササイズを重点に置いているということ。

自分の腰痛診断には納得の行かないところがある。
MRI画像で見ると、第4と第5腰椎の間のところで脊柱管が狭くなっているから脊柱管狭窄症と診断されても尤もなことながら、脊柱管狭窄の特徴である間欠跛行の症状は出ていないことと、椎間板ヘルニアも診られるようなので、腰椎間板ヘルニアと診断されるほうがすっきりする。
脊柱管狭窄症なら後ろへそらす(伸展)のはきつくても前屈(屈曲)は楽だと言われ、椎間板ヘルニアはその逆だそうだ。自分の症状は後者である。
という訳で医師の診断に逆らって、自己流の診断をした上で、椎間板ヘルニアには特に有効だと言われるマッケンジー法を加えることにした。

ウィリアムズ体操とマッケンジー法の併用については、
マッケンジー法では他法との併用は禁止になっているようだが、このことについては、ときと場合によってはどちらをとってもよいから、やってみて、気持ちの良い方からやってみましょう、と云っているところもある。
もとより、結果責任はすべて自分にかかってくるから調子が悪くなれば止めるだけのこと。
s-サイドステッパー
一昨日から最高気温が35℃越える猛暑日が続き、散歩もままならない。
代わってサイドステッパーが役に立つ。
20分以上踏み続ければ汗が滴り落ちるけれども、室内だから熱中症の心配はない。
これも腰痛対策のうち。

2011年8月2日火曜日

ガンに強い病院ランキング(週刊ポストを読む)

最新号の週刊誌の見出しで目を引いたのが、「遺言特集」の東洋経済と「がんに強い病院ランキング」の週刊ポストの2誌。
どちらかと言えば、死ぬことよりも生きることを優先すれば後者だろうという訳で、週刊ポストを買ってきた。
実は、「独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センター」が全国のがん診療連携拠点病院院内がん登録全国集計を7月26日に発表したのを、早速覗いてみたのだが、
http://ganjoho.jp/professional/statistics/hosp_c_registry.html
http://ganjoho.jp/data/professional/statistics/hosp_c_registry/2008_report.pdf
283ページにも及ぶ膨大なもので、とても全容を読み取ることが出来なかった。
そんな折に、タイミングよく週刊誌が取り上げ、刺激的なその見出しにつられて、めったに買わない週刊誌をついつい買ってしまった次第である。

ランキングは患者の受入数の多い順に並べたに過ぎないのだが、多くの患者が他院からの紹介で受け入れているということを見れば、患者が多いほどその病院の信頼が厚いということができる、というのが週刊誌側の意図であるようだ。
確かに、素人目にはそうしてくれたほうが手っ取り早くて納得しやすい。
胃がん、肺がん、大腸がん、肝臓がん、乳がん、前立腺がんについて夫々40病院がランキングされている。
ボクが手術を受けた病院は全国18位で31位の県がんセンターの上にある。
自分の選択眼に間違いなかったことを確認して嬉しくなった。

今回の画期的なデータ公表は患者側には大いに歓迎されるのだが、一方で患者集中によって医師の負担が一気に増えるのが心配だ。
ボクの2週間の入院期間中、1日の休みもなく診てくれた先生に感謝の意を込めて、先生の休日についてお尋ねしたことがあったが、先生は、「患者さんが増えていますからねぇ・・」と言われただけだった。休みたいけど休めないのだ。

そうは言っても、がん治療は早期発見と病院選びが肝心である。
いざという時はこういうデータがあるのはありがたい。

2011年7月31日日曜日

初めてのJリーグ観戦

娘夫婦の家から歩いて15分の磐田スタジアムで、初めてJリーグの公式戦を観戦した。
婿どのが社員サービスデーの無料観戦券を用意し、
場所取りや雨合羽を準備するなど、家族サービスに奮闘してくれた。
サッカー専用のこのスタジアムはコートの周囲に余分なスペースが無いから、
スタンドに近いのが特徴かもしれない。
磐田市の人口は17万人余であり、平成の合併以前が10万人を切っていたほどの地方都市でありながら、
1万人を超える収容力のスタジアムを持つこと自体が特異的だと思わざるをえない。

さすがはサッカー好きの県民性である。
試合は残念ながらガンバ大阪に2対1でヤマハが負けた。
相手のボールをトラップして逆襲し、シュートまでもっていったが惜しくもゴール出来なかったシーンでは、
すぐ後ろのおばさんが歓声を上げた後「もって行き方はよかったけどねぇ・・・」と、残念がる声が聞こえてくるなど、テレビ観戦とはまた違った雰囲気を味わえた。
しかしながら、いかんせん白内障の目では選手の顔まで確認できない。
双眼鏡越しに川口、駒野、遠藤などをやっと確認できる程度であった。
選手の表情を見るにはテレビ観戦に勝るものは無いようだ。
孫娘が転んでひざを擦りむき、大泣きしたが、
開放されたスタンドで歓声が上がる中では周囲にご迷惑にならなかったようだ。
余分なことながら付記しておこう。

2011年7月27日水曜日

院長の一刺し 腰痛軽減


先週金曜日に、3回目のブロック注射をして貰い、その直後から腰の痛みがグンと軽減した。
注射後のリハビリで、「今日は珍しく院長が注射してくれたから、効きそうな予感がする」、
とリハビリのお姐さんと冗談を交わしてきたのだ、どうやらその通りになった。

このクリニックはもともと院長のブロック注射で評判になり、商売上手も手伝って、数年前から大々的に腰痛オペをはじめて大きくなった。
だから、今では、院長の診察を受けることがほとんど出来なくなったのだが、どういう加減か、今回は珍しく院長に当たった。

注射の感じは若い医師とは全然違う。
「はい、ごめんなさいよ」と一言掛けておいて、
仙骨の辺りを2、3回ポンポンと叩くように触って位置を確認したと思うと、一気に注射針を差し込んだ。
もとよりうつ伏せになってお尻を突き出しているのだから注射の様子は見えないのだが、
今までの2回の若い医師の注射とは刺す位置と角度が微妙に違うように感じた。
痛みも少ないような気がした。
さすがは院長、と感心したね!

2009年度の脊椎手術938例を数えて全国1位のクリニックにしたほどだから、商売上手もまた冴える。
「まだ、3D-CT検査をしてないのやってみましょう」
「ほんの2分で、簡単に写せます」
「腰椎の狭いところも覗けますよ」
とサンプル画像を見せながら、一気に同意を取り付けた。

こちらは、この一年間で胸部CTを3回やっているから、既に、20㍉シーベルトは浴びている。
撮影室で「どの位のシーベルトを浴びますか?」とレントゲン技師に質問した。
「今時、皆さん関心がありますねぇ。いろいろ撮影条件が違うので数値はわかりません。」
と正直だ。
たったの2分だから、大した放射線量ではないだろう。
結果は、次回のリハビリの時までお預けである。

腰痛体操だマッケンジー体操だと言いながら自己流のエクササイズをやり、娘から借りてきたサイドステッパーを毎日踏み込んだりして、それなりに努力をしてきた効果も出たのかも知れない。
逆戻りしないように注意しながら、更に筋肉を鍛えて行けば何とかなるだろう。
やっと明かりが見えてきた。

2011年7月25日月曜日

ニュースに思う (中国高速鉄道事故)

昨日の朝6時、郵便受けから取り出した朝刊の一面を見て、これ何!
中国高速鉄道衝突事故の見出しと写真である。
第一報ということで、記事は詳しくない。
だから悲惨さは読者に伝わってこない。
すぐにテレビニュースで確認した。新聞記事と左程変わりはない。
中国側発表では、さきごろ開通した北京上海間を走る新型車両ではないことを強調している。
国際特許を申請している車両ではないと言いたいのだろうことは、容易に推測できた。
ボクは、ここで笑いがこみ上げた。
ボクのような凡人では、日本とドイツの技術援助出で創り上げた新型車両を自国だけで開発したとうそぶく「盗人猛々しさ」を苦々しく思っていた矢先だから、「それ見たことか!」と思うのが自然な感情というものだ。

今日の新聞では、追突した先頭車両の運転席のあたりを粉々に砕いた上で、すぐ脇に深々と掘り下げた穴に早々と埋め込んでしまった、と報じている。
これじゃ事故原因の解明なんかできないじゃないか?
落雷で停電して止まっていた車両に後続車が250 km/h のスピードで追突したというが、日本の技術なら後続車両も止めるだろうに、止めないようにしたのが自国式開発か?と言いたくもなる。

本当に訳のかからないことばかりやる国だこと。
それでいて傍若無人に振る舞うから困る。

2011年7月24日日曜日

光る金魚

孫の保育園の夏祭りは、保育所近くの芝生公園を午後5時から7時までの2時間借り切っての夕祭り。
屋台や、何処かから招聘した鳴子踊りの催しを中心にして、
それぞれ家族がビニールシートを芝生に敷いて取り囲んだ。
女の子は全員がゆかた。
子供たちは友達と歓声を上げながら走り回り、
家族はシートの上で子供を目で追いながら飲食したりビデオカメラを向けたり子供と一緒に屋台を楽しんだり。
最後は、ささやかな打ち上げ花火とナイヤガラの花火で閉めくくった。
なかなかの夏祭りだった。

この保育園は私立。
子供たちの3割以上がブラジル人だという土地柄である。
屋台の食べ物にもブラジルのメニューがあった。
そぼろ鶏肉に何かを混ぜて小麦粉でくるんで揚げたものらしい。
ちょっと塩辛かった。

金魚すくいの金魚はシリコンゴム製である。
その中に光る金魚があった。
小さなボタン電池3個と一緒にカード基盤がシリコンゴムに封じこまれ、
LEDランプが点滅する。ちゃんとスイッチもある。

孫のおかげで楽しい一時だった。
準備した、保護者会の役員さんや先生たち、お疲れ様。