2010年11月27日土曜日

落ち葉


ここ2、3日で庭のアメリカンハナミズキの葉がすっかり落ち、ご近所さんの前の道路にまで落ち葉掃除をしに行っていたが、もうその必要がなくなった。
今、真っ赤な満点星(ドウダン)は葉が小さいから遠くまで飛ぶ心配はない。
ブルーベリーも落葉が始まった。

散歩中に目に入る紅葉では、銀杏が一番綺麗だ。
先日、百均でギンナン割りペンチを買ってきた。
店先に出ているのはまだまだ高いが、やがて格安なものが出てくるはずだから、それまでお預けである。


木曽川遊歩道は、ムクノキとエノキの落ち葉で敷き詰められ、
大勢のひとたちに踏まれて、ほこりの立つほどである。
木にはまだまだ紅葉が残っているから、本格的な落葉はこれからだ。
カンムリカイツブリに続く第2陣目の鴨群団、キンクロハジロがすでに沢山到着している。
紅葉の見頃が近い。
来週は犬山寂光院に行ってみようか・・・。

2010年11月26日金曜日

皇帝に傘を捧ぐ


皇帝ダリヤを見かけることが多くなった。
一昨年、株をどうぞお持ち帰り下さいと、書いてあるのを木曽川緑地公園で見かけたことがある。幹の一節があれば比較的簡単に増やせるようだ。
このことは以前にも書いた。

今日は、狭い庭先に咲いた1本にコウモリ傘をさしたお宅をお目にかかった。
後生大事にここまで育てたのだろう。皇帝に傘を捧げる気分かな?
風が吹いたらどうするのかな?などと、野暮は言うまい。

2010年11月25日木曜日

1枚のパッキンのために

水道蛇口に取り付けてある浄水器の取付部から漏水がひどくなったので、
多分、中空糸が目詰まりしてきて内圧が上がったためだろうと考え、
新しいカセットに交換した。
しかし、漏水は止まらなかった。
そこでやっとパッキンの老朽化だと判ったのだが、
パッキンだけをどこにも売っていない。
止む無くT社のホームページから、入手方法を問い合わせた。

その結果、無料でパキンを1枚郵送してもらえた。
わずか1枚のパッキンの為に、T社では関係部署が連携して動いてくれたから、
人件費などのコストが随分掛かったんだろうなぁと思う。
あるいは、市場でスペアパッキンを入手出来るようにするよりも、要求のあったお客にだけ対応する方が合理的と考えているのかも知れない。
・・・が、それはどうでもいいことで、
お客側にしてみれば無料サービスはありがたい。
心証が悪かろう筈がない。

ダメもとで、問い合わせる。
暇人のボクには、こうしたケースが最近、どうも増えつつあるようだ。

2010年11月23日火曜日

鶴瓶の家族に乾杯に映った顔

昨夜のNHK「鶴瓶の家族に乾杯」は岐阜市の巻後編だった。
観ていて驚いた。
ご近所のおばさん(と言ってもボクより数年年上だ)の、
繊維問屋街で物色中の顔がクローズアップされたのだ。
家内と観ていて、同時に、I さんだ!と叫んだ。

今朝になってご当人に出会ったから、早速その話をした。
なんと、ご当人も同じ番組を観ていたのに、自分が映っていることに気がつかなかったというではないか。
そのくせ、以前にテレビカメラで写されたことがあって、何時放映されるのかと訊ねたことは覚えていた。
それは今年のことではなく、2、3年以上前のことじゃないかという。
そう言われてみれば、テレビの顔は大分若い気がした。
だから本人も自分だと分からなかったのかな?

そのシーンは岐阜市紹介の場面だから古い映像を使っても何ら不思議ではないが、
岐阜駅前の繊維問屋街といえば、今では寂れ寂れて、シャッター街になりつつあるというから、少しでも賑わいのあるところを見せたいという演出だったのかも知れない。
番組制作の舞台裏をちょっと覗いた気分である。

2010年11月21日日曜日

これはなぁ~に?

散歩中に見慣れない植物を見かけた。
ツル性であり、畑で栽培され、地面に這わせてある。
夏とかの季節なら南瓜とか、瓜や冬瓜の類と直ぐ分かるのだが、
晩秋のこの時期になってもなお青い葉っぱを伸ばし、
子供のこぶし大の白い実をいっぱい付けている。
さすがに最近の冷え込みでやられたのか表面の葉っぱは焼けているが、内側の葉はまだ青い。


何だろう?訊ねようと、近くに誰かいないか探したけれど、誰もいない。
しばらくはここを散歩コースに入れて、畑の主に出会うことを期待しよう。

2010年11月18日木曜日

やはり無縁のボージョレーヌーボー


都会では午前0時発売のボ-ジョレヌーボーを買うために行列が出来たとか。

大抵のワインならうまいと言って飲んでしまうボクにはソムリエの素質はない。
ヌーボーだからと味わう気分になったことがないから、買った試しもない。

しかし、ものは試しだと思い直して、
イオンがPETボトルのハーフサイズを500円のワンコインで売り出すというので、
9時開店を狙って買いにいった。
しかし、こんな田舎のイオンモールにはハーフサイズは置いてなかった。
PETボトルで720m入りが980円なり。
今の身体的情況ではこれを1本飲む勇気はないから、結局、買わなかった。
やっぱりボクには無縁のボージョレーヌーボーだった。

帰りがけに、朝の光に輝く露地の菊が鮮やかだった。
キレイですねぇ!と 畑にいた老夫婦に声を掛けたら
ニッコリと笑顔を返してきた。

2010年11月13日土曜日

黄砂


この時期に黄砂が飛んでくるのは珍しいという。
この地方では今日の昼過ぎまで続くそうだが、
午前中は、薄曇りの天気だから、
そうだと言われなければ分からない程度だった。

ウォーキングもやっと以前の歩数に近づきつつある。
1万歩ウォークを一昨日から3日連続でやった。
お蔭で、下り階段で膝に痛みがきていたのも消えてきて、
入院で弱っていた足腰が回復しつつあるのを実感している。

写真は、黄砂に霞む犬山の丘陵、手前は守口大根畑。

2010年11月9日火曜日

柚子の豊作


30年くらい前に、庭に何もなくて寂しかろうと言うので、
1本の柚子の木を植えておいた。
それまで全く手を入れていなかったが、数年前から素人ながらも手を入れてみた。

4年前にテツサビ病防除のためにマシン乳剤を散布したら、
翌年多くの葉が黄色くなって落ちた。乳剤が濃すぎたらしい。
樹勢の回復を待って、2年前に余分な枝を間引きしたうえで、少し濃度を薄めてマシン乳剤を散布した。
その結果、去年は、それまでにない程に沢山の実を付けた。
しかし、テツサビ病はまだ残っていた。

さらに去年、収穫のあと、3回目のマシン乳剤を散布した。
その結果は写真の通り、鈴なりの実を付けた。
テツサビ病もほとんど目立たなくなった。

これだけ多くを柚子ジャムにするには大変だと、
今から家内が心配している。

2010年11月8日月曜日

秋の色と夏の名残の花

近くの街路樹のカエデが紅葉した。
毎年この3本だけが早く紅葉する。


道端で目に止まったのがこの白い花。
ハナシュクシャ(花縮砂)か?
であれば別名がジンジャー。
名前だけは聞いて、知っている。
夏前から咲いて、今なお咲いているというから、
随分、開花期間の長い花だ。
以前、ハナミョウガとか、ウコンとかと勘違いした花である。
どちらもショーガ科だから親戚ではあるが・・・。
長いといえば、赤い花カンナもまだ咲いている。
これも、夏の花ではなかったか。
こちらはカンナ科で原産地は亜熱帯アメリカだというから、
インド、マレー原産のハナシュクシャとは縁がなさそうだ。


今年は綿の木があちこちで見られる。
皇帝ダリヤはまだ咲かないが、これも確実に増えている。
花好きのおばさん、おばあさんたちが珍しがって、
タネとか株とかを融通しあっているのかも知れない。
露地の花にも流行り廃りがあるようだ。

2010年11月5日金曜日

ボケは年寄りの特権だ


ボケは今に始まったことじゃないが、季節と共にボケも深まったか!
ここのところで続けて2つのボケをやらかした。

実は、右上葉肺を切除したあとどうなるのか?って、真剣に考えたことなかった。
残った下の肺が上がってくるとは聞いていたのだが・・・。
さる29日の外来受診で先生がレントゲン写真を見せて、こうなりましたと言われても、
それが何を意味しているのか?まだ、分からず、先生に質問しちゃった。
切除のあとは空洞ですか?体液で満たされているんですか?って。
先生も、オイオイ、お前は何を言うのか!と思ったに違いないが、
写真を指さして、「こうなったんですよ。完全に上に上がって、その分腹腔が上にせりあがったんです」と言ってくれた。
自分では、こんなに早く上がってくるとは思ってもいなかったのだ。
恥ずかしかったネ!

2週間前に図書館で借りた本の1冊が近来になく面白かったので、一気に読み終えて、早々に、図書館に返した(最寄り駅の返却ボックスに)・・・と思っていた。
ところが、昨日別の本を借りたて家に帰って、何気なく手渡されたメモを見たら、
返したはずの本がまだ返してないことになっているではないか!
そんなバカな!とばかりに、わざわざ図書館に出掛けて、その旨を申し出た。
当然、本は返されてなかった。
図書館側では、そういう事なら仕方がないですね、と処理をしてくれたのだが、
こちらも、ひょっとしてボケたかも知れないので、もう一度、家で探してみると言って帰ってきた。
そうしたら、やっぱり出てきた。積み上げた本の下の方にあったのだ。
図書館に直ぐ電話してお詫びし、そのあと届けに走った。
何とバツの悪かったことか!
我が事ながら、お前はアホか!

でもいいよね、この歳になると、ボケで済ませられるから。
年寄りの特権だ!

写真は久しぶりの木曽川風景。カンムリカイツブリが先陣で到着、寒ハエ釣りも始まった。

2010年11月2日火曜日

週刊東洋経済 がん完全解明 を読む

10月30日号の週刊東洋経済は「がん完全解明」と銘打った特集記事を満載している。
まだ店頭に残っていたら保存版として確保しておくのがいいかも知れない。
大学のクラスメートのUさんがこの雑誌のことを教えてくれた。
もちろん早速読んだ。
「完全解明」は謳い文句だからそのまま鵜呑みに出来ないが、いろんな角度からがん治療を論じているので、少しでもがんに関心のある者ならば参考になるところが多いはずだ。

ボクが大いに参考になったのは保険のこと。
何10年に亘ってがん保険を掛けてきたから、今回保険金が下りても掛金の何分の1にしかならないが、それでも助かる。
今回のボクの場合は、入院の個室料は完全に保険でまかなえる計算だし、手術を含めた治療費も診断給付金で充分お釣りがくるはずである。
だがしかし、ステージⅠで済んだからそうなるのであって、もしこれが抗癌剤を飲む羽目になったら、薬代だけでも大変な出費になるそうだ。
だから、人によっては一つのがん保険だけでなく2つも3つも掛けているという。
がん治療費を抑えるためにも、早くがんを見つけることが如何に大切かよく分かる。

今回受け取る保険金は、65歳以上になって半額に減らされたから、大した額ではない。
再発に備えて残しておくと言うにも、憚られるくらいの額である。
この際、持ち出しにならなかっただけでよしとしよう。

2010年11月1日月曜日

肺がん手術 思い出すままに


肺がん手術とそれに伴う入院のため不在したのでブログに空きが続きました。
入院が10/5、翌日手術、術後13日目の10/19に退院。
自宅療養10日後の10/29に外来受診して良好な経過を確認、
現在リハビリ中です。
ご心配や、励ましを頂きた方々に心から感謝申し上げます。
爺さんの暇つぶしもとんだところで暇つぶしをしたもんだ。
・・・ということで、従来どおり記述は日記風に書きます。
取り敢えず、思い出すままに・・

7月30日にはじめて発覚した肺がんはまるまる3ヶ月かって、
ステージⅢAの疑いが晴れて、ⅠAということで決着した。
この間にストレスは上がったり下がったり。
新しい情報が不安材料であれば上がり、安心材料であれば下がる。
主治医の一言でも、安心出来るものもあれば、不安になるものもある。
今回の経験で、何が大変だったかといえば、
手術のあとの身体的な痛みや辛さではなく、
圧倒的にこうした精神的なストレスだったといえる。

ボクよりも進行したがんの人は、もっと多くの不安を抱えて、それに耐えていかなければならないと思うと、
ボクは何とラッキーだったことか!
 
今回のがん騒動はいろいろな幸運に恵まれた。
気にはなっていたもの数年間、受けていなかった肺がん健診の案内を、
町内無線放送で聞いて教えてくれたのが家内。
このタイミングで健診を受けたのが第1の幸運。
この前では見つからず、この後では手遅れだったということも有りえる訳だ。

次は、健診のレントゲンフィルムを読み取ってくれた先生がその道の権威の先生だったこと。
ここで見つけてもらえなかったらと、今思うとぞっとする。
さらに、この先生のいる病院を探し出して、主治医になってもらえたこと第3の幸運。
地域がん診療連携拠点病院の呼吸器内科の部長先生だった。

第4の幸運はこの先生が呼吸器外科の部長先生を執刀医に選んで下さったこと。
実は、この主治医にこそ手術をしてもらいたいと、ボクが心に決めて、この病院を選んだのだ。
県がんセンターで実績を上げ、この病院の部長になった先生だ。
手術例数は600以上と、ネット上で紹介されている。
この病院は現在、県がんセンターに次いで手術例数が多い。
15日間入院している間、土日祭日に関係なく、1日の休みもなく回診して下さった。
全く頭の下がる思いである。そのことを先生に訊いてみた。
先生曰く、「1週間に手術が7つありますからねぇ・・」と。
患者が多くて、休めない状態のようなのだ。
世に病院勤務医不足が言われているが、その一端を見たような気がする。

幸運が続いた肺癌手術、100%根治に向けて経過観察に入ったところ。
この先5年間続けられることを祈りたい。

写真は今朝の虹。