2011年9月17日土曜日
身障者マークを付けるニセ身障者
先日高速道路を年がいもなく突っ走った反省から、
これからは高齢運転者マークを付けて、無謀運転を自制しようという思いに至った。
今まで高齢運転者マークを敬遠してきたのは、多分に「俺はまだ 若いんだ」という意識だった。
しかし、いくら若いつもりでいても、あと1年で高齢運転者マークを付けないといけなくなる。
付けないと2万円の罰金になる、という訳だから、ここが年貢の納めどころだよ。
さて、高齢運転者マークである。
百均に吸盤式のものがあったので、一つ買ってきた。
今まで気に止めていなかったが、すぐ隣には身障者のクローバーマークと車椅子マークもあった。
実は、ネット検索で知ったことだが、世の中には身障者でもないのにクローバーマークを付けている車がいるらしい。
百均でさえ売っているところを見ると、こういう偽身障者が世の中に相当いるのだろう。
そういう連中の目的は推して知るべし。
そうと知ったからにゃぁ、スーパーなどで身障者用駐車スペースの満車を見るたび、本当にそうなの?と疑問が湧き、あぶれた身障者の嘆き節が聞こえるかも知れない。
その点、偽老人なんてサマにならないから、老人マークは平和なものよ。
大手を振って老人らしく走ろうじゃないか。
2011年9月15日木曜日
自動車関連末端工場の操業停止
我が家の南側向こう3軒目に倉庫が有って、数日前から盛んに金属音を響かせていた。
今日その前を通りかかったので、何気なく覗きこんだら、解体業者が内部の鉄骨を撤去しており、
既に殆どガランドーになっていた。
カーシートの縫製をしていたこの有限会社、ついに立ちいかなくなったとみえる。
何年か前には、ハローワークに求人を出し、7~8人の中国人を雇って不足を補っていたこともあったが、東日本大震災以降、操業日より休業日が多くなり、こりゃ~ぁ時間の問題だろうと読んでいたのがその通りになった。
大震災から半年、よくここまで持ちこたえたと言うべきかも知れない。
企業はこうした末端の弱いところから潰れて行き、幹は何とか生き延びる。
まあしかし、住宅地域の細い道路に大型車が入り込んできて近所迷惑になっていたから、操業停止を我々住民は大歓迎である。
地域の地所持ちが所有し、建物管理会社に丸投げしているこの倉庫、
やがてはまた別の何かが入るのだろうが、大型車だけはお断りだよ。
2011年9月13日火曜日
月とスッポン
昨日、夕暮れ時、外の面にぽっかり浮かぶ月を見た。
そうだ、今日は仲秋だよ!
結構雲も多かったから、名月も出たり入ったりしていた。
かえって風情が増したかも。
今年の仲秋の名月の撮影スポットの代表格は陸前高田の一本松だったようだ。
大津波でただ一本だけ残った健気な松のうしろに登る名月。
この写真を載っけたのは、ちょっと調べただけで、日経、朝日、毎日、中日、岩手日報・・・。
アングルが同じで撮影者が異なるから、記者諸君は事前に調査し場所決めしていたのだろうか?
ボクの写真とは月とスッポンだよ。
ボクも一句と考えたものの、所詮は付け焼刃では如何ともしがたい。
芭蕉をもじって、
名月や 頭ひねって 夜もすがら
・・・なんて言うのが関の山だよ。
これって、川柳だよね?
2011年9月11日日曜日
孫の敬老会
先週金曜日に、磐田にいる孫の保育園の敬老会に行って来た。
まずは、ジジババ側のハプニングから。
孫の家には催し開始の2時間半前に到着する予定で、小牧から東名に乗って、80km/hでゆっくり走っていたのだが、豊田ICを通過したところで、家内が忘れ物をしたと言い出した。
忘れ物は貴重品が入った紙袋であり、家のガレージの目立つところに置いてきたと言うのである。そう聞いては引き返えさざるを得ない。
時計と距離メーターを見て、引き返しても何とか催し時間に間に合いそうだととっさに判断、次の岡崎ICまで行って折り返した。
自宅に戻ったら、忘れ物も無事に残っていたから、ヤレヤレ。積み込んで再スタートである。
これ以降、高速道路区間は飛ばしに飛ばした。
若い時ならいざしらず、爺さんが出すようなスピードではない。四つ葉マークをつけていたら、この爺さん、気が狂ったかと思われかねないような猛スピードだったと言っておこう。
覆面パトがいなかったのか、捕まらなかったのは幸いだった。
2時間ロスしたものの、催し開始の20分前に保育園に無事到着することも出来た。
だがしかし、こんなスピード走行は、もう二度とご免である。
敬老会と言っても大したことをやる訳ではない。
日頃やってる遊戯や歌をジジババの前でやるだけのこと。
それでも幼児たちは結構緊張していたようで、普段できることも失敗する子もいる。
ジジババも子供の思わぬ動きに笑いを誘われ、歓声が上げ、上手く出来れば盛んに拍手を送った。
お遊戯観賞のあと、先生たち手作りのきな粉餅のおやつを子供たちと一緒に頂き、最後に子供たちが作ったクッキーを一つづつプレゼントされてお開きとなった。
とんだハプニングでバタバタしたが、結果良ければすべてよし。
孫の成長に顔をほころばせ、それだけで満足した敬老会。
何ものにも勝る孫からのプレゼントになった。
先生たちもお疲れ様。
まずは、ジジババ側のハプニングから。
孫の家には催し開始の2時間半前に到着する予定で、小牧から東名に乗って、80km/hでゆっくり走っていたのだが、豊田ICを通過したところで、家内が忘れ物をしたと言い出した。
忘れ物は貴重品が入った紙袋であり、家のガレージの目立つところに置いてきたと言うのである。そう聞いては引き返えさざるを得ない。
時計と距離メーターを見て、引き返しても何とか催し時間に間に合いそうだととっさに判断、次の岡崎ICまで行って折り返した。
自宅に戻ったら、忘れ物も無事に残っていたから、ヤレヤレ。積み込んで再スタートである。
これ以降、高速道路区間は飛ばしに飛ばした。
若い時ならいざしらず、爺さんが出すようなスピードではない。四つ葉マークをつけていたら、この爺さん、気が狂ったかと思われかねないような猛スピードだったと言っておこう。
覆面パトがいなかったのか、捕まらなかったのは幸いだった。
2時間ロスしたものの、催し開始の20分前に保育園に無事到着することも出来た。
だがしかし、こんなスピード走行は、もう二度とご免である。
敬老会と言っても大したことをやる訳ではない。
日頃やってる遊戯や歌をジジババの前でやるだけのこと。
それでも幼児たちは結構緊張していたようで、普段できることも失敗する子もいる。
ジジババも子供の思わぬ動きに笑いを誘われ、歓声が上げ、上手く出来れば盛んに拍手を送った。
お遊戯観賞のあと、先生たち手作りのきな粉餅のおやつを子供たちと一緒に頂き、最後に子供たちが作ったクッキーを一つづつプレゼントされてお開きとなった。
とんだハプニングでバタバタしたが、結果良ければすべてよし。
孫の成長に顔をほころばせ、それだけで満足した敬老会。
何ものにも勝る孫からのプレゼントになった。
先生たちもお疲れ様。
2011年9月5日月曜日
地図で距離を測る
台風12号がノロノロ進んだために、紀伊半島を中心に記録的大雨を降らせ、各地に甚大な災害をもたらした。
当地でも今日まで曇り空に時折雨が降る状態がずっと続いた。
こういう時は、どうしてもパソコンに向かう時間が長くなって、折角痛みがとれた腰も、また痛み出すのではないかと心配になってくる。
だから、室内でサイドステッパーを熱心に踏む訳なのだが、ただ踏んでいるだけでは味気ないから、今日はどのコースにしようかなあ?・・・なんて、想像の中でコースを歩いているのである。
だが、歩数から、そこに有るであろうランドマークを正確にイメージすることはなかなか難しい。普段からランドマークまでの距離を把握していないからである。
そこで思いついたのが、コース途中のランドマーク間の距離を地図上で測って表にまとみるというもの。
以上が前置き。以下が本題。
地図上で距離を測ることはgoogleマップでも出来るし、その他にもいろいろ有るようだが、試してみて一番使いやすかったのが 「みんなの知識 ちょっと便利帳」。
http://www.benricho.org/map_distance/#
これはブラウザーとしてFirefoxを使うように推奨しているが、Windows IEでも、エラーは出るものの、ちょっと使う分には支障にならなかった。
修正も直ぐ出来た。
画像は皇居一周を計測したもの。5㌔㍍弱と判明。以外に短い。
これはお薦めサイトである。
但し、計測した画像を簡単にコピーできなかったのが難点。
ボクは他のソフトを使ってコピーした。
パソコンはこういう発見があるから楽しい。
勿論、サイドステッパーを踏みながら、コース途中のランドマークもしっかりイメージ出来るようになった。
当地でも今日まで曇り空に時折雨が降る状態がずっと続いた。
こういう時は、どうしてもパソコンに向かう時間が長くなって、折角痛みがとれた腰も、また痛み出すのではないかと心配になってくる。
だから、室内でサイドステッパーを熱心に踏む訳なのだが、ただ踏んでいるだけでは味気ないから、今日はどのコースにしようかなあ?・・・なんて、想像の中でコースを歩いているのである。
だが、歩数から、そこに有るであろうランドマークを正確にイメージすることはなかなか難しい。普段からランドマークまでの距離を把握していないからである。
そこで思いついたのが、コース途中のランドマーク間の距離を地図上で測って表にまとみるというもの。
以上が前置き。以下が本題。
地図上で距離を測ることはgoogleマップでも出来るし、その他にもいろいろ有るようだが、試してみて一番使いやすかったのが 「みんなの知識 ちょっと便利帳」。
http://www.benricho.org/map_distance/#
これはブラウザーとしてFirefoxを使うように推奨しているが、Windows IEでも、エラーは出るものの、ちょっと使う分には支障にならなかった。
修正も直ぐ出来た。
画像は皇居一周を計測したもの。5㌔㍍弱と判明。以外に短い。
これはお薦めサイトである。
但し、計測した画像を簡単にコピーできなかったのが難点。
ボクは他のソフトを使ってコピーした。
パソコンはこういう発見があるから楽しい。
勿論、サイドステッパーを踏みながら、コース途中のランドマークもしっかりイメージ出来るようになった。
2011年9月4日日曜日
二百十日という言葉
二百十日という言葉が最近聞かれなくなったと言うNさんのブログを先日読んだ直後だったこともあって、今日の中日新聞のコラム欄中日春秋に目が止まった。
江戸時代の天文方の渋川春海が1684年の貞享暦を編んだ際、初めて雑節として採用したと言われるが、それより前に全国に普及していた民間の伊勢暦には1656年から記載されているそうだから、元々は伊勢の船乗りたちの経験から凶日(きょうじつ)としていたものが、官暦にも採用されていたのかも知れない・・・と書いている。
二百十日は、新暦では平年は9月1日、閏年なら8月31日、立春の変動によって9月2日になる年もあるが、ボクらが子供の頃は、勿論、旧暦で数えられていた。
中学生の時には、田植えや稲刈り時期になると農家の友達は手伝いのために学校を休んでも出席扱いになったような時代のことだから、いろいろの行事も二百十日、二百二十日を避けて計画されていたように記憶している。
二百二十日も無事すぎて稲もたわわに実る頃、9月26日(新暦)が村の鎮守の秋祭りであった。
その秋祭りについては、小学6年生の9月18日におふくろが亡くなって、子供獅子に参加で出来なくなって悲しんだ思い出が蘇る。
こういう思い出も二百十日という言葉があったればこそ。
日本固有の季節感を表現する言葉だけに、いつまでも残っていって欲しいと思う。
江戸時代の天文方の渋川春海が1684年の貞享暦を編んだ際、初めて雑節として採用したと言われるが、それより前に全国に普及していた民間の伊勢暦には1656年から記載されているそうだから、元々は伊勢の船乗りたちの経験から凶日(きょうじつ)としていたものが、官暦にも採用されていたのかも知れない・・・と書いている。
二百十日は、新暦では平年は9月1日、閏年なら8月31日、立春の変動によって9月2日になる年もあるが、ボクらが子供の頃は、勿論、旧暦で数えられていた。
中学生の時には、田植えや稲刈り時期になると農家の友達は手伝いのために学校を休んでも出席扱いになったような時代のことだから、いろいろの行事も二百十日、二百二十日を避けて計画されていたように記憶している。
二百二十日も無事すぎて稲もたわわに実る頃、9月26日(新暦)が村の鎮守の秋祭りであった。
その秋祭りについては、小学6年生の9月18日におふくろが亡くなって、子供獅子に参加で出来なくなって悲しんだ思い出が蘇る。
こういう思い出も二百十日という言葉があったればこそ。
日本固有の季節感を表現する言葉だけに、いつまでも残っていって欲しいと思う。
2011年9月2日金曜日
先生に申し上げる言葉じゃなかったなぁ!
台風12号は、20時現在、室戸岬の南150kmを北北西に進んでいる。
これから進路に当たる地方の人々には申し訳ないが、伊勢湾台風コースの心配がなくなってホッとした。
お陰で、病院での検診も無事終えて帰宅出来た。
X線検査と採血の結果に異常なし。
次回、11月1日に術後1年目の検査をPET検査で行うということで、予約して来た。
PET装置も1台増えて2台になって、順番待ちも左程長くないそうだ。
台風の影響でか? 今日は患者が少なかった。
これ幸いと、先生に無駄話をぶつけた。
「国立がん研センターによる全国がん診療連携拠点病院の2009年度の治療データの発表以来、患者が集中していませんか?」 と。
「増えていますね」「手術が週8件あります」「だからと言って、人を増やしてもらえませんしねぇ」とだけ言われた。
大雑把に計算して、年間300件を越えるだろうか?
ボクが手術してもらった昨年10月は週5件と聞き及んでいたから、その増えかたは推して知るべし。
これだけの手術を若手医師3人とでこなしている先生の多忙さは超人的と思える。
患者への献身ぶりに頭が下がる。
「先生に倒れられると大変だから、先生もお体を大事にして下さい」と申し上げて、引き上げた。
あとで思い返して、患者が医者に言う言葉じゃなかったなぁ・・・と、一人で赤面。(^^;;)冷アセ
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